第3話 完璧超人な生徒会長が、俺のバナナの皮で物理的にスベった件

『通知:トラブル接近中。面白くなってきました』


ふざけたシステム音声が脳内に響く。俺は【静寂のローファー】の効果で音を消したまま、本棚の影で息を殺した。

図書室の入り口に立っているのは、天道玲奈の親友にして、学園最強の番犬(ガードドッグ)――御神楽(みかぐら)エリカだ。


彼女の鋭い視線が、図書室内をレーザーのようにスキャンしている。まずい。俺がここに隠れていることがバレたら、「玲奈のストーカー」として物理的に排除(シメ)られる。


(逃げるか? いや、出口は彼女が塞いでいる……)


俺が冷や汗をかいた、その時だった。


「やあ、天道さん。ここにいたのかい?」


無駄に爽やかな声が、静寂を切り裂いた。エリカの後ろから、一人の男が颯爽と現れる。

金髪(校則特例)。長身。そして、無駄に歯が浮くようなキザな笑顔。

生徒会長、西園寺(さいおんじ)レオだ。


「……チッ。また出たわね、ナルシスト」


エリカが露骨に舌打ちをして、道を譲る。どうやら番犬のターゲットが、俺から生徒会長に移ったらしい。助かった。ナイスだ、噛ませ犬。


「レオ先輩……。何のご用でしょうか。私は今、委員の仕事中で……」


カウンター席の天道さんが、あからさまに嫌そうな顔をする。だが、鋼のメンタルを持つ西園寺レオには通じない。


「つれないなぁ。昨日は体調を崩したと聞いて、心配していたんだよ。僕の愛のテレパシーは届かなかったかい?」


届いてたまるか。電波公害だ。

レオは天道さんの正面に回り込むと、カウンターに手をついて身を乗り出した。距離が近い。天道さんが不快そうに身を引く。


(……おい、待てよ)


本棚の裏で、俺は眉をひそめた。

レオがそこに立つと、俺と天道さんの間の射線が通らない。つまり、半径2メートルのログボ回収ラインが遮断される。

視界の端で、システムウィンドウが赤く点滅した。


『警告:障害物により、エネルギー供給が不安定です』

『対象のストレス値上昇を確認。このままだと本日のログボ回収に失敗します』


は? 失敗? ふざけるな。あの高級弁当のカロリー分、きっちり回収させてもらう予定なんだぞ。


(どけよ、生徒会長。そこは俺の指定席だ)


俺の中で、明確な殺意(殺気ではない)が芽生えた。俺の平穏なガチャライフを阻害する敵は、たとえ生徒会長だろうと排除対象だ。


「天道さん。君には、僕のような完璧な男こそが相応しい。そろそろ僕の隣に来てくれないか?」


レオが、天道さんの顎に手を伸ばそうとする。セクハラだ。天道さんの顔が青ざめる。


『ピン! 対象のSOSを受信!』

『緊急ボーナスを排出します』


システムが反応した。俺の手元に、黄金の光が集束する。

来た。SSRだ。俺はニヤリと笑い、出現したアイテムを掴み取った。


それは、どこからどう見ても『バナナの皮』だった。


【SSR:地獄のバナナピール】

効果:踏んだ対象の摩擦係数を強制的にゼロにする。物理法則無視の転倒確定。

説明文:『マリオカ○トごっこしようぜ! ぜったいにすべるよ!』


(著作権的にギリギリだな……!)


だが、威力は保証されているらしい。俺はレオの足元に狙いを定めた。

彼は今、カッコつけて片足に体重を乗せ、もう片足を一歩踏み出そうとしている。その着地点。俺は本棚の隙間から、スナップを利かせてバナナの皮を滑らせた。


シュッ。


誰にも気づかれない、神速の投擲。バナナの皮は吸い込まれるように、レオの革靴の下へと潜り込んだ。


「さあ、僕の手を――」


レオが踏み込んだ、その瞬間。


ツルッ!!!!


漫画のような効果音が響いた。


「へ――?」


レオの身体が、物理演算を無視した挙動で宙に舞う。摩擦係数ゼロ。それはつまり、氷の上よりも滑るということだ。

彼は無駄に美しく一回転し、後頭部から床にダイブした。


ズドォォォォン!!


「ぐえっ……!?」


図書室が揺れるほどの衝撃音。レオは白目を剥き、大の字になってピクリとも動かなくなった。完璧な着地(ダウン)だ。10点満点。


「……え?」


天道さんが、ぽかんと口を開けている。入り口のエリカも、何が起きたのか理解できずに固まっている。

誰も、俺がやったとは気づいていない。バナナの皮は、役目を終えると光の粒子となって消滅した。証拠隠滅完了だ。


『トラブル解決。対象のストレス値が解消されました』

『追加ボーナス:経験値(ざまぁポイント)を獲得』


システムが満足げに告げる。俺も満足だ。これで邪魔者はいなくなった。

俺は混乱に乗じて、音もなくその場から撤退することにした。長居は無用だ。ログボは回収したし、レオの無様な姿も見れたし、今日はもう帰ろう。

俺は【静寂のローファー】で足音を殺し、裏口から図書室を抜け出した。


   ***


(天道玲奈の視点)


目の前で、西園寺君が気絶している。何もない床で、突然転んだのだ。

……ううん、違う。何もないわけじゃない。

私は見た。彼が転ぶ直前、本棚の影から「黄金の光」が走ったのを。

あれは、相沢くんが隠れていた場所だ。


「……助けて、くれたの?」


胸が熱くなる。私が嫌がっているのを察して、彼は姿を見せずに撃退してくれたのだ。しかも、相手は生徒会長。権力のある相手にも屈せず、私を守るために実力行使に出るなんて。


「かっこよすぎるよ、相沢くん……」


気絶した先輩には悪いけれど、今は感謝の気持ちでいっぱいだった。彼は、本当に私の「影の騎士」なんだ。


「おい、玲奈! 大丈夫か!?」


エリカが駆け寄ってくる。私は慌てて表情を引き締めた。相沢くんの正体は、私だけの秘密にしておかなきゃ。


「ええ、大丈夫よエリカ。……天罰が下ったみたいね」


私は気絶した先輩を見下ろして、冷たく言い放った。心の中では、姿なきヒーローに精一杯の愛を送っていたけれど。


   ***


(御神楽エリカの視点)


私は戦慄していた。玲奈は「天罰」だと言ったが、そんなわけがない。

私は見たのだ。倒れた西園寺の足元に、一瞬だけ「バナナの皮」のような残像が見えたのを。

そして、それが光になって消えたのを。


「……魔法?」


まさか。でも、もしそうだとしたら。

図書室の奥には、誰かの気配があった。そいつが、玲奈を守った? それとも、玲奈を狙う西園寺を排除した?


「……相沢湊」


昼休みに、玲奈から弁当を受け取っていた地味な男。私の勘が告げている。あいつは、ただのモブじゃない。

玲奈の周りで起きている不可解な現象の中心には、必ずあいつがいる。


「面白くなってきたじゃない。……尻尾、掴んでやるわよ」


私は気絶した西園寺の頬をペチペチ叩きながら、ニヤリと笑った。

正体不明の「魔法使い」。その化けの皮、私が剥がしてやる。


   ***


こうして。俺は知らぬ間に、ヒロインの好感度だけでなく、親友からの警戒度(興味)まで限界突破させてしまっていたのだった。

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2025年12月29日 07:00
2025年12月30日 07:00
2025年12月31日 07:00

陰キャな俺の脳内システム、学園一の美少女の「半径2m」がSSR確定ガチャだったので張り付いていたら――いつの間にか『影の守護者』と勘違いされ、ヤンデレ化していた件。 あじのたつたあげ @ajitatsu

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