第6話 薫るアルストロメリア

 母とエリシアがお茶をしている間に、ロズモンド子爵が慌てた様子でやって来た。

 落ち着きを取り戻したエリシアの様子を見て安堵している。

「うまく連れ出してくれて助かったよ」

 応接室の窓から庭のエリシアを見つめて、ロズモンド子爵は俺に言った。

「君でなければ、あの子を連れ出すことはできなかっただろうな」

「過分なお言葉ですよ」

「いや、やはり君に任せるべきだと確信したよ」

 何のことかと思えば、依頼の話だ。

 何もなければ今頃は、ロズモンド子爵家で依頼の内容を確認している頃だった。

「その、依頼についてのお話を伺いたいのですが」

「すまない。説明はエリシアが戻ってからだ」

 まだあの子にも伝えていないんだ、と子爵に言われ、ますます分からなくなる。

 首を傾げていると、服装を整えた父が部屋に入ってきて、二人の子爵は挨拶を始めてしまった。

 エリシアとロズモンド子爵の来訪に一番慌てていたのは、庭仕事を楽しんでいたこの父かもしれない。


 お茶会を終えた母とエリシアが戻ってくると、応接室の雰囲気はぱっと明るくなった。

 エリシアは母とのお茶を楽しめたようで、庭の花についてあれこれと両親と話していたが、ロズモンド子爵の気まずげな咳払いで本題に入った。

「ローレンス子爵の庭については、語り尽くしても足りないほど素晴らしいのだが……」

 という言葉に父の目がきらりと光ったのが目の端に映ったが、父の後ろに立った母が肩を持って止めた。

「カイルくんにお願いしたいのは、エリシアの護衛なんだ」

 これは予想がついていた。

 ちらりと右隣に座る両親の顔を見ても、慌てる素振りはない。知っていたのだろう。

 テーブルを挟んで向いに座るエリシアだけが、分からないという顔をしている。

 もちろんお受けする、と俺が答える前にロズモンド子爵は言葉を続けた。

「エリシアには、我がアヴァリオン王国の外交官としてエルデンブルグ公国のレオンハルト公を訪問してもらう。カイルくんには、その道中の護衛をお願いしたい」

 父はあからさまに驚いた声を出し、その後ろで今度は母が目を輝かせた。

 エリシアはというと、信じられない、という面持ちで自身の父親を見つめている。

 ロズモンド子爵は、改まった様子で俺に向き直った。

「どうだろうか、カイルくん」

 目的がなんであれ、俺の答えは変わらない。

「ロズモンド家の花を護れること、光栄に存じます」

 即答した俺に、エリシアの瞳が瞬いた。

「そう言ってくれてよかったよ」

 ロズモンド子爵は朗らかに笑った。

 公爵家の倅に、これくらいの嫌がらせは許されるだろうと思ってね、と悪戯っぽくウインクした。

 父親の言葉に慌てるエリシアに、さらに続ける。

「そういうわけだよ、エリシア。外遊している間に、国内のゴタゴタは何とかしておこう」

「お父様、それにカイル……私……、私で大丈夫なの……?」

 空色が不安げに揺れている。

「大丈夫も何も、レオンハルト公直々のご指名だ。久しぶりに顔を見せに来い、だそうだよ」

 今度は俺が驚く番だった。

 レオンハルト公といえば、金獅子公の名で知られる当代きっての名君だ。

 そんな人物から直々に指名されるエリシア、ひいてはロズモンド家に改めて恐れ入る。

「カイルは、私の護衛なんて仕事、ほんとにいいの?」

 同じ子爵家とは思えない規模の話をしているにも関わらず、エリシアはいまだ自己否定的だ。

 とはいえ、自分に厳しすぎるひまわりを肯定して肯定して、ありのままで笑っていられるようにするのが俺の使命であり特権だ。

 片膝をついて、空色の瞳に視線を合わせる。

「あなたの剣となり盾となりましょう。どうかお側に、俺を」

 母の「きゃー!」という黄色い声を無視する。

 これくらいしないと、エリシアには伝わらないのだから。

「わたし……私」

 小さな唇がきゅっと結ばれる。

「私、頑張ってみる」

 まだ少し無理をしている、そんな笑顔だった。

 しかし、そこには覚悟が滲んでいた。

 小さな小鳥が、窓際から飛び立って行った。

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ひまわりの背中 てるる @Teluru

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