第5話 路傍のたんぽぽ

 場違いなほどゆったりとしたスピードで馬車は進む。

「カーテン、開けますか」

 カーテンの閉められた窓を見ていると、カイルにそう聞かれた。

「たまに見える、隙間の景色がすきなの」

 カイルと同じ馬車に乗るのは、初めてのことで。だから、隣にカイルが座っていることに少し慣れない。

「私を送ってくれるとき、カイルはいつもだいたいあの位置で馬に乗ってるの」

 カイルの瞳に不安が過ったのがわかった。

 まさか見られていたなんて、なんて考えているんだろうなと思うと少し笑ってしまう。

「ふふふ、大丈夫。カイルはいつも立派な騎士様だったよ」

「……どうして、俺の考えていることが分かったのですか?」

「十年以上の付き合いなんだし、ちょっとくらいなら分かる……と言いたいところなんだけど、今日のカイルは普段より分かりやすい気がするの」

 カイルが慌てて目線を逸らした。

 気にせず続ける。

「ねぇカイル、そのままでいいから教えてほしいの」

「お、俺に答えられることでしたら」

 カイルは赤くなった顔でそう答える。

「カイルはどうして、剣を学ぼうと思ったの?」

「次男だからです」

 その話はカイルからもローレンス夫人からも聞いている。将来、自分の身をきちんと立てられるようにという理由だったはずだ。

 今なら、もう少し聞いてもいい気がした。

「それから?」

「あの……お恥ずかしながら、勉強が苦手で。でもその分、体を動かすことは向いていたようで王都の騎士団で五年ほど稽古をつけていただいていました」

 初めて聞くカイルの過去に驚いた。

「王都の騎士団にいたの! あの若さで」

「いえ、才能に年齢はあまり関係ありません。俺よりずっと幼くても、剣を交えて一度も勝てなかった人だってごまんといましたから」

 出会ったばかりの頃のカイルは、私より年上とはいえ、まだ充分「少年」といえる年齢だった。

 そして、お茶会や舞踏会で、人が集まる度に話題になっていた。

「すごい男の子がいるって、私ずっと聞いてた。それでセラフィン様の騎士様になったのね」

「まぁ……条件が良かったので、引き抜きに応じました」

 なんでもないことのようにカイルは言うが、私にとってそれはすごいことだった。

 カイルの、騎士として職務に忠実な様子は、セラフィン様の婚約者になったばかりの私に、たくさんの勇気を与えてくれた。


 私は。

 私は、誰かに勇気を与えられるような存在だっただろうか。

 両親は、私のことを大切にしてくれている。妹はいつまで経っても可愛くて、大切で。

 だけど、私は?

 私は、みんなの役に立てているの?

 セラフィン様との婚約がなくなって、両親は驚いただろう。私の今後のことについて考えなければならず、てんやわんやに違いない。

 私が婚約者でなくなったからと言って、イザベルがすぐ次の婚約者になれるわけでもない。口さがない貴族たちの間では、イザベルはどんな悪女に仕立てあげられるか。私がいることで、余計に妹の立場を悪くしてしまう。

 セラフィン様も。

 セラフィン様は、きっと最初から私のことが嫌いだったのだ。私の能天気なところが、気に入らなかったのだ。

 そして今、彼が愛するイザベルとの婚約を、この私が邪魔している。

 「──あぁ」

 馬車道の外れで、白いたんぽぽが朗らかに咲いている。

 私さえいなくなれば──

 無理に開けていた瞼から力が抜け、視界が暗くなる。

 自分がどんな顔をしているか分からない。

 笑え、笑えと自分自身に命令するが、いつものように顔が動かない。

 失敗してしまった。次は、誰にも見つからない場所で──


 右手をぎゅっと強く握られて、思考が「今」に戻る。

 先ほど、カイルの左手に預けてから、ずっとそのままだったことに気付く。

 なんだか急に、謝らなきゃ、と理由もなく思った。

 それに、さっきのことを口止めしなくては。

 でも、私の口から声が出る前に、カイルが言った。

「もう、あなたの『大丈夫』は、信じないことにします」

「な、なんで」

「俺の前でくらい、無理して笑うのはやめてください」

 カイルのオリーブ色の瞳が、まっすぐこちらを見ている。

 なんで知ってるの。無理なんてしてない。

 二つの気持ちが同時に込み上げてきて、何も言えなかった。

「……申し訳ありませんでした。間に合ってしまいました」

 私の選択を、止めてしまったことを言っているのだろうか。

「でも、だから俺は、俺だけは絶対に見逃しません」

 カイルらしくない言い方だと思った。いや、騎士であるカイルらしくない、という言い方が正しい気がする。

「俺はずっと見ていました。太陽に向かって、まっすぐ伸びる背中を。だから、今ここにいます」

 カイルの左手から、私の右手に、熱が伝わってくるようだ。

「それは、これからも変わりませんから」

 気付けば、頬に涙が伝っていた。

 私は今、どんな顔をしているのだろう。

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