第2話 泣き虫な芍薬
太陽を見失ったひまわりは、どうするのだろう?
頬のそばかすをなぞりながら、私は考えた。
幼い頃に領地で見たひまわり畑を思い出す。
自分がひまわりエリーと呼ばれていることは知っていた。そばかすだらけの顔を笑われていることも。
能天気な顔、とは初めて言われたけれど。
セラフィン様に婚約破棄を告げられて、私はもうどこを目指して生きていけばいいのか、分からなくなってしまった。
星空の下、ひまわりは背筋を伸ばして立っていた。
「こんな私が"ひまわりエリー"だなんて、ひまわりに申し訳ないわ」
馬車の中に響いた声は、自分でも驚くほどか細いものだった。
弱気になってはいけない、と両手で目を覆う。
笑え、と自分自身に言い聞かせると、自然に口角が上がった。
特段美しいわけでも、可愛らしいわけでもない私の顔。
暗い顔をしているよりは、笑っている顔の方が私だって好きだ。
小窓にかかったカーテンが、ひらりと揺れる。
馬車と並走するように、馬に乗った金髪の青年がそこにいる。
カイル・ローレンスという子爵家の次男で、十年以上もセラフィン様の騎士をしている努力家の青年だ。
優しい午後の日差しが、彼の金色の髪を輝かせている。
「彼の方が、よっぽとひまわりに相応しいのにな」
先ほど、デュモン公爵邸を出る前。
私を自宅まで送るために追いかけてきた彼に、ひどく自虐めいたことを言ってしまった。
「慰めないで」と、彼の言葉を半ば無理やりに遮ったのは、優しくされると泣いてしまいそうだったから。
私を友人だと言ってくれた彼を困らせるわけにはいかない、と思った。
深いオリーブ色の瞳には、たくさんの感情が映っていたけれど、幸か不幸か、彼は騎士としての責務を全うすることにしてくれた。
カイルの手を借りて馬車を降りると、待ち構えていたかのように妹が駆け寄ってくる。
「お、お姉様……」
「イザベル……どうしたの、顔色が悪いわ」
妹の艶やかな黒髪をそっと撫でる。
可哀想なほど青い顔をして、大きな瞳からは今にも涙が溢れそうになっている。
「どうしたの、じゃないわ! セラフィン様から急ぎの手紙が来て」
大粒の涙が、白磁の肌を伝う。
「わた、わたし、お姉様の婚約を邪魔するつもりなんて」
全身でぶるぶると震えるイザベルを見ていると、不思議と笑みが浮かんできた。
「ど、どうして笑ってるの!」
「ごめんなさい、イザベルが可愛くて」
そう説明すると、イザベルは美しい顔をますますくしゃくしゃにして泣き出してしまう。
「わたし、わたしが一番、お姉様に幸せになってほしいのに」
どんなに成長して綺麗になっても、昔と変わらない泣き方に愛しさが溢れ出て止まらない。
「うん、知ってる。イザベルは私の大切な妹」
「お姉様は私に甘すぎるわ! 私、セラフィン様に手紙を書いて……」
「イザベルは何にも悪いことはしてないでしょ? 私とイザベルなら、誰だって貴女を選ぶべきよ」
こんなに素直で素敵な妹だ。その上、国一番の美人と名高い。セラフィン様は素晴らしい審美眼をお持ちだと思わざるを得ない。
「それに、私に足りないところがあったの」
「お姉様のことを、悪く言わないでぇ」
びえびえと子どものように泣くイザベルを見て、カイルが目を丸くしていた。
「はぁい、ごめんなさい」
笑いながらイザベルを抱きしめ頭を撫でてやっていると、侍従のクララが咳払いをした。
「お嬢様方、お茶を淹れますので中に」
泣きじゃくるイザベルを宥めつつ、カイルをロズモンド子爵邸に招き入れた。
カイルはいつも通りお茶を飲んだ後、余計なことは何一つせずにデュモン公爵邸に戻って行った。
イザベルは涙でぐしゃぐしゃになった顔を何とかするために自室に戻ってしまったが、私からイザベルのことを説明していたら、カイルが眉間に皺を作って言った。
「あなたは妹君に甘すぎるのでは」
もっと言ってやってくれ、とクララが笑みを深める。とはいえこの従順な侍従が、私とイザベルの仲を一番心配していたらしいのだが。
私がまだ物心もつかないうちに、お母さまは死んでしまった。病気だったと聞いているが、詳しいことは聞けずのままだ。
その後やってきたお継母さまは、イザベルを産んだ後、私にも分け隔てなく愛情を注いで育ててくれた。
私がイザベルに甘すぎるくらい甘くしても、感謝し足りないくらいなのだ。
紅茶に砂糖が溶けて、底の方で穏やかに揺れた。
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