第48話 「ほんの少し、外れる」
それは、意図した行動だった。
だが、決意と呼ぶほど強いものではなかった。
合同作業の二日目、前日と同じ場所、同じメンバー、同じような流れの中で、準備は淡々と進んでいた。
陽は、また端の位置に立っていた。
視界を遮らず、動線を邪魔せず、
誰からも指示されないが、
誰の妨げにもならない場所。
その位置に立つことが、すでに身体に馴染んでいた。
「次、これどうする?」
声が上がる。
一瞬、間ができる。
いつもなら、誰かがすぐに名乗り出るか、
別の誰かに視線が移る。
陽は、その間を見逃さなかった。
ほんの一拍。
誰かが動く前の、空白。
陽は、そこで口を開いた。
「……それなら、先に順番だけ決めた方がいいと思います」
声は大きくなかった。
だが、確かに場に届いた。
一瞬、空気が止まる。
誰も否定しない。
誰も肯定しない。
数秒の沈黙。
その沈黙は、拒絶ではなかった。
だが、予想外のものだった。
「……あ、そうだね」
少し遅れて、誰かがそう言った。
言葉自体は柔らかい。
だが、どこか慎重だった。
「じゃあ、そうしよっか」
話は進む。
だが、流れは以前と微妙に違っていた。
誰かが一瞬だけ、陽の方を見る。
確認するような視線。
評価するでもなく、責めるでもなく、
「今のは何だったか」を処理しようとする視線。
作業はそのまま続く。
誰も、その発言を蒸し返さない。
だが、陽ははっきりと感じていた。
今の一言は、
これまでの自分の像に、
わずかなズレを生んだ。
休憩時間、近くにいた女子が、何気ない調子で言った。
「さっき、意見言ってたね」
責める口調ではない。
驚きに近い。
「……はい」
陽は短く答えた。
「珍しいなって思って」
それだけだった。
だが、その一言に含まれているものを、
陽は聞き逃さなかった。
珍しい。
つまり、それは想定外だったということだ。
夜、ノートを開いた陽は、今日の出来事を思い返しながら、少し長めに書いた。
【今日、起きたこと】
・自分から意見を言った
・否定されなかった
・だが、戸惑われた
少し間を置いて、最後にこう書き足す。
・逸脱は、拒絶されなくても、違和感になる。
陽はペンを置き、その一文をじっと見つめた。
像から外れた行動は、
必ずしも罰を伴うわけではない。
だが、安心も与えない。
それは、
これまで共有されていた「扱い方」を
一瞬だけ宙に浮かせる。
次に起きるのは、
この違和感が
「なかったこと」にされるのか、
それとも
再定義のきっかけになるのか、
その分岐だ。
そしてその判断は、
陽自身ではなく、
周囲の沈黙によって下される。
沈黙は、
いつも通り、
最も多くを決める。
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