第47話 「確認されてしまう」

  その行動は、選択というほど意識的なものではなかった。


 だが、偶然とも言い切れなかった。


 合同作業の日、複数のクラスと他校の生徒が集まり、教室とは違う広い空間で準備が進められていた。


 人の数が増え、声が重なり、誰が何をしているのかが一目では分からない状況の中で、陽は自然と端の方に立っていた。


 視界を遮らない位置。


 動線を邪魔しない場所。


 必要があればすぐ動けるが、特に呼ばれなければ、そのままでいられる距離。


 それは、これまで何度も選んできた位置だった。


 「これ、誰か運べる?」


 声が上がったとき、陽は一瞬だけ反応しかけた。


 手を上げようとして、止まる。


 自分が出ることで、流れが変わる可能性を考えてしまったからだ。


 誰かがすぐに代わりに名乗り出る。


 「私、やるよ」


 それで問題は解決する。


 陽は、胸の奥で小さく息を吐いた。


 やらなくて済んだ、という安堵と、

 やらなかった、という事実が、同時に残った。


 別の場面でも、同じことが起きた。


 意見を求められそうな空気が流れた瞬間、

 陽は視線を落とし、資料に目を向けた。


 それを見た誰かが、すぐに別の人に声をかける。


 「じゃあ、〇〇はどう思う?」


 陽は、そこで初めて気づいた。


 自分はもう、外されるのを待つ必要すらなくなっている。


 行動が、像をなぞっている。


 像が、行動を正当化している。


 作業の合間、同じクラスの女子が、特に意図もなさそうに言った。


 「神代くんは、ほんと静かだよね」


 その言葉に、別の女子が頷く。


 「うん、前に出ないし」


 「でも、その方が助かるときもあるよね」


 評価は、すでに完成している。


 陽は、その会話を聞きながら、

 自分が何も否定できないことに気づいていた。


 事実として、前に出ていない。


 事実として、意見も言っていない。


 事実として、流れを変えていない。


 すべて、正しい説明だった。


 だからこそ、その像は強い。


 夜、ノートを開いた陽は、今日一日のことを思い返しながら、ゆっくりと書いた。


 【今日の行動】


 ・手を上げなかった


 ・視線を外した


 ・何も言わなかった


 その下に、少し間を置いて書き足す。


 ・像に合わせた行動は、像を完成させる。


 陽はペンを置き、その一文をしばらく見つめていた。


 期待されないことは、楽だ。


 失敗する可能性が減る。


 拒絶される心配もない。


 だが同時に、

 何かを変える余地も、静かに消えていく。


 そして一度完成した像は、

 本人の意思とは関係なく、

 「確認され続ける前提」になる。


 次に起きるのは、

 この像から外れた行動を取ろうとした瞬間だ。


 そのとき、周囲がどう反応するのか。


 それを知ることでしか、

 この像の強度は測れない。


 陽は、

 もう一度ノートを閉じながら、

 次に来るであろう違和感を、はっきりと予感していた。

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