第46話 「もう説明されている」

それは、紹介という形で現れた。


 放課後、別のクラスの女子が数人、行事の打ち合わせのために教室を訪れ、机を囲んで簡単な確認を始めたときのことだった。


 陽は、いつものように少し離れた位置に立ち、必要があれば動けるようにしながら、特に呼ばれることもなく場を見ていた。


 「この資料、誰が管理してるの?」


 別のクラスの女子がそう聞いたとき、こちらのクラスの女子が迷いなく答える。


 「それは、私たちで見てるよ」


 そして、少しだけ間を置いて、続けた。


 「神代くんは、あんまり前に出ないタイプだから」


 その言葉は、説明だった。


 初めて聞く相手に向けた、分かりやすい整理。


 別のクラスの女子は、それを聞いてすぐに頷いた。


 「ああ、そうなんだ」


 疑問は挟まれない。


 確認もされない。


 その一言で、陽の位置は決まった。


 まるで、最初からそういう前提が共有されていたかのように、話は次へ進んでいく。


 陽は、そのやり取りを、少し離れた場所で聞いていた。


 自分の名前が出たことよりも、自分について説明がなされたことに、はっきりとした違和感を覚えていた。


 それは、評価ではない。


 噂でもない。


 「扱い方」の共有だった。


 別の場面でも、同じことが起きた。


 後日、他校の女子と合同で準備を進める機会があり、初対面の相手が何人も集まったときのことだ。


 自己紹介が一通り終わったあと、作業分担を決める流れになり、誰かが陽の方を見て言った。


 「神代くんは……」


 一瞬、言葉が止まる。


 だが、その続きを、同じクラスの女子が自然に引き取った。


 「気を遣わせない人だから、大丈夫」


 それで、説明は終わった。


 外部の女子たちは、その言葉をそのまま受け取り、

 陽に対して特別な期待も、特別な役割も向けなかった。


 誰も、悪意を持っていない。


 誰も、無視していない。


 ただ、最初から選択肢に入っていない。


 陽は、その状況を前にして、初めてはっきりと理解した。


 自分はもう、

 この場で何かを主張する以前に、

 どう扱うべきかが説明済みの存在になっている。


 夜、ノートを開いた陽は、しばらく何も書けずにいた。


 やがて、ゆっくりとペンを動かす。


 【今日、気づいたこと】


 ・自分は、もう紹介されている


 ・自分のいないところで、整理されている


 少し間を置いて、さらに書く。


 ・説明される側は、選び直されない。


 陽はペンを置き、その一文を何度も頭の中で反芻した。


 説明は、安心を生む。


 安心は、摩擦を減らす。


 摩擦が減れば、問いも減る。


 そして問いが消えれば、

 そこに別の可能性が入り込む余地もなくなる。


 これが、

 自分が知らないうちに完成してしまった「神代くん」という存在だった。


 次に起きるのは、

 この完成した像が、

 自分自身の行動を縛り始める瞬間だ。


 期待されないということは、

 自由であると同時に、

 逸脱も許されないということでもある。


 その境界線を、

 陽はもうすぐ踏み越えることになる。

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