第44話 「先に退くという選択」
次も、同じだった。
違う場面。
違う日。
だが、流れはよく似ていた。
昼休み、掲示板の前で女子たちが集まり、連絡事項を確認しながら、誰がどこを担当するかを自然に決めていく。
陽は、少し離れた位置で、その様子を見ていた。
声をかけられるのを待っていたわけではない。
だが、自分から入っていく理由も、もう見つからなかった。
「これ、誰やる?」
誰かがそう言った瞬間、陽は無意識のうちに一歩だけ後ろへ下がっていた。
その動きに、誰も気づかない。
気づく必要がなかったからだ。
「じゃあ、私と〇〇でやろうか」
「うん、お願い」
役割はすぐに決まる。
陽の不在を確認する工程は、どこにも含まれていなかった。
それが、前回との違いだった。
前回は「外された」。
今回は、最初から含まれていない。
放課後の準備でも同じだった。
机を動かし、資料を配り、必要なものを確認する中で、陽は誰かに指示される前に、自然と邪魔にならない位置へ移動していた。
「神代くん、ありがとう」
誰かがそう言ったが、それは役割への感謝ではなく、気配りに対する形式的な言葉だった。
「……いえ」
陽は短く答え、それ以上会話が続かないことに、どこか安堵している自分に気づいた。
話しかけられなければ、説明もしなくていい。
説明しなければ、誤解も生まれない。
誤解がなければ、また評価が固定されることもない。
それは、自分を守るための選択だった。
だが同時に、自分を縮める選択でもあった。
夜、ノートを開いた陽は、今日の出来事を淡々と書き出した。
【今日の行動】
・先に下がった
・入らなかった
・聞かれなかった
しばらく間を置いて、最後に一行だけ付け足す。
・選ばれないことに、慣れ始めている。
その言葉を書いたとき、陽は胸の奥が少しだけ冷えるのを感じた。
慣れは、痛みを減らす。
だが、同時に、疑問も削る。
なぜそうなったのか。
本当にそれでいいのか。
そうした問いが浮かぶ前に、身体が先に動いてしまう。
それは、合理的で、静かで、誰にも迷惑をかけない。
この世界では、とても「正しい」振る舞いだった。
だからこそ、止める理由が見つからない。
次に起きるのは、この自己縮小が他者からも確認される瞬間だ。
自分が引いた線が、
いつの間にか、周囲の常識と重なってしまう。
そのとき、陽は初めて、
この位置が「選択」ではなく「前提」になったことを理解する。
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