第36話 第2章「外の世界は本当に普通か?」
第36話 「自由に見える場所」
外の学校は、静かだった。
前の学校のような
張り付いた視線も、
意味深な沈黙もない。
だが――
それは「監視がない」わけではなかった。
必要がなかっただけだ。
*
転入初日。
校舎は少し古く、
校則も最低限。
掲示板には、
前の学校にあったような
「貞操指導」「節度啓発」のポスターは見当たらない。
陽は、
一瞬だけ肩の力を抜いた。
――ああ、ここは違うのかもしれない。
*
だが、
その考えは、
最初の自己紹介で消えた。
*
「神代 陽です。よろしくお願いします」
短く言うと、
教室の何人かが、
自然に陽を見た。
視線は、
評価でも警戒でもない。
値踏みだった。
*
女子の一人が、
何気ない調子で聞いた。
「前の学校って、どんな感じだった?」
何気ない。
本当に、何気ない。
「……普通です」
陽は答えた。
すると、
誰かが笑った。
「普通、って言い方する人、
だいたい“ちゃんとしてる”よね」
ちゃんとしている。
その言葉に、
悪意はない。
だが、
前の学校と
同じ匂いがした。
*
休み時間。
男子は、
数人ずつ固まっている。
誰も騒がない。
誰も目立とうとしない。
女子の方が、
声が大きく、
距離も近い。
それも、
見慣れた光景だ。
*
「神代くん」
別の女子が、
机にもたれかかる。
「彼女、いるの?」
直球。
前の学校なら、
ここで空気が張った。
だが、
ここでは違う。
誰も止めない。
*
「……いません」
陽は答えた。
「あ、そっか」
「なら安心」
安心。
その言葉に、
陽は引っかかった。
「……何が?」
「だってさ」
彼女は、
悪びれずに続ける。
「彼女いる人って、
もう“管理済み”でしょ?」
*
管理。
この学校では、
その言葉を
誰も隠さない。
*
昼休み。
陽は一人で食べていた。
すると、
二人の女子が近づいてくる。
「ねえ」
「……はい」
「一人?」
確認。
「……はい」
「じゃあ、いいや」
そう言って、
去っていく。
理由は聞かれない。
説明も求められない。
だが、
評価は終わっている。
*
午後の授業。
教師は、
一切、貞操について語らない。
だが、
注意事項の端々に、
同じ前提がある。
「不用意な関係は避けましょう」
「男子は特に、自分を大切に」
前の学校より、
ずっと柔らかい。
だが、
逃げ場はない。
*
放課後。
女子たちは、
楽しそうに下校していく。
男子は、
自然に距離を保つ。
誰に言われたわけでもない。
最初から、そうしてきた
という動きだ。
*
夜。
陽はノートを開く。
【今日、分かったこと】
・ここは、自由に見える
・だが、価値観は同じ
・管理されていないのではなく
もう内面化されている
*
ペンを止める。
*
【違い】
・前の学校:管理される
・ここ:自分で管理する
*
最後に、
静かに書いた。
・外の世界は、
「優しい貞操逆転」だった。
*
疑問を持っても、
止められない。
だが、
誰も共有しない。
共有しないから、
問題にならない。
それは、
進歩なのか。
それとも――
完成なのか。
*
陽は、
ノートを閉じた。
第1章の世界は、
問いを潰した。
第2章の世界は、
問いを必要としない。
それは、
どちらが
より歪んでいるのか。
まだ、
答えは出ない。
だが、
確実に言えることが一つある。
ここもまた、
同じ世界だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます