第36話 第2章「外の世界は本当に普通か?」

第36話 「自由に見える場所」


 外の学校は、静かだった。


 前の学校のような

 張り付いた視線も、

 意味深な沈黙もない。


 だが――

 それは「監視がない」わけではなかった。


 必要がなかっただけだ。



 転入初日。


 校舎は少し古く、

 校則も最低限。


 掲示板には、

 前の学校にあったような

 「貞操指導」「節度啓発」のポスターは見当たらない。


 陽は、

 一瞬だけ肩の力を抜いた。


 ――ああ、ここは違うのかもしれない。



 だが、

 その考えは、

 最初の自己紹介で消えた。



 「神代 陽です。よろしくお願いします」


 短く言うと、

 教室の何人かが、

 自然に陽を見た。


 視線は、

 評価でも警戒でもない。


 値踏みだった。



 女子の一人が、

 何気ない調子で聞いた。


 「前の学校って、どんな感じだった?」


 何気ない。

 本当に、何気ない。


 「……普通です」

 陽は答えた。


 すると、

 誰かが笑った。


 「普通、って言い方する人、

  だいたい“ちゃんとしてる”よね」


 ちゃんとしている。


 その言葉に、

 悪意はない。


 だが、

 前の学校と

 同じ匂いがした。



 休み時間。


 男子は、

 数人ずつ固まっている。


 誰も騒がない。

 誰も目立とうとしない。


 女子の方が、

 声が大きく、

 距離も近い。


 それも、

 見慣れた光景だ。



 「神代くん」


 別の女子が、

 机にもたれかかる。


 「彼女、いるの?」


 直球。


 前の学校なら、

 ここで空気が張った。


 だが、

 ここでは違う。


 誰も止めない。



 「……いません」

 陽は答えた。


 「あ、そっか」

 「なら安心」


 安心。


 その言葉に、

 陽は引っかかった。


 「……何が?」

 「だってさ」


 彼女は、

 悪びれずに続ける。


 「彼女いる人って、

  もう“管理済み”でしょ?」



 管理。


 この学校では、

 その言葉を

 誰も隠さない。



 昼休み。


 陽は一人で食べていた。


 すると、

 二人の女子が近づいてくる。


 「ねえ」

 「……はい」

 「一人?」


 確認。


 「……はい」

 「じゃあ、いいや」


 そう言って、

 去っていく。


 理由は聞かれない。

 説明も求められない。


 だが、

 評価は終わっている。



 午後の授業。


 教師は、

 一切、貞操について語らない。


 だが、

 注意事項の端々に、

 同じ前提がある。


 「不用意な関係は避けましょう」

 「男子は特に、自分を大切に」


 前の学校より、

 ずっと柔らかい。


 だが、

 逃げ場はない。



 放課後。


 女子たちは、

 楽しそうに下校していく。


 男子は、

 自然に距離を保つ。


 誰に言われたわけでもない。


 最初から、そうしてきた

 という動きだ。



 夜。


 陽はノートを開く。


 【今日、分かったこと】


 ・ここは、自由に見える

・だが、価値観は同じ

・管理されていないのではなく

もう内面化されている



 ペンを止める。



 【違い】


 ・前の学校:管理される

・ここ:自分で管理する



 最後に、

 静かに書いた。


 ・外の世界は、

  「優しい貞操逆転」だった。



 疑問を持っても、

 止められない。


 だが、

 誰も共有しない。


 共有しないから、

 問題にならない。


 それは、

 進歩なのか。

 それとも――

 完成なのか。



 陽は、

 ノートを閉じた。


 第1章の世界は、

 問いを潰した。


 第2章の世界は、

 問いを必要としない。


 それは、

 どちらが

 より歪んでいるのか。


 まだ、

 答えは出ない。


 だが、

 確実に言えることが一つある。


 ここもまた、

 同じ世界だ。

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