第35話 「外に出る理由」
「外に出る理由」
卒業でも、退学でもなかった。
だから、
誰も止めなかった。
*
進路希望調査票は、
提出期限より少し早く出した。
第三希望まで、
すべて校外。
理由欄には、
こう書いた。
――環境を変えたい。
それだけ。
評価しようのない言葉。
*
椎名は、
書類を見て、
少しだけ眉を動かした。
「神代」
「はい」
「特に、
困っていることは?」
いつもの確認。
「ありません」
正解。
*
「そう」
椎名は、
頷いた。
「あなたは、
もう安定しているものね」
安定。
その言葉で、
全てが通る。
*
手続きは、
驚くほど静かに進んだ。
面談は一度きり。
引き止めも、
説得もない。
問題を起こしていない生徒は、
処理する理由がない。
*
最後の日。
教室は、
いつもと同じだった。
真白は、
席を立ち、
小さく言った。
「……行くんだね」
「……うん」
「理由、
聞いていい?」
陽は、
少し考えてから答えた。
「ここで、
考え続けると」
「……」
「考えない人に、
説明しなきゃいけなくなる」
真白は、
それで理解した。
「……それ、
しんどいね」
「……うん」
*
篠宮は、
最後まで何も言わなかった。
ただ、
すれ違いざまに
小さく言った。
「……外、
寒いぞ」
「……知ってる」
それが、
彼なりの祝福だった。
*
校門を出るとき、
陽は一度だけ振り返った。
誰も、
見ていなかった。
それが、
この場所の完成形だ。
*
外の世界は、
特別ではなかった。
理不尽もある。
不平等もある。
誰かの価値観が、
誰かを縛る。
だが。
少なくとも、
疑問を持っただけで
問題にはならない。
*
陽は、
ノートを開く。
最後のページ。
【第1章まとめ】
・常識は、疑われない前提で成立する
・守るという行為は、選択権を奪う
・多数派は、問いを「空気」で潰す
・問題は、行動ではなく“ズレ”
最後に、
こう書いた。
・ここでは、
疑問を持つこと自体が
異常だった。
*
そして、
ページを閉じる。
次に書くのは、
ここではない。
この世界を、
外から見る場所だ。
常識が常識として
成立している理由を、
疑問にできる場所。
*
校門の向こうで、
チャイムが鳴った。
だが、
それはもう、
合図ではない。
陽は、
一度も振り返らずに
歩き出した。
――問いを、
胸の内に残したまま。
第1章・了
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