第35話 「外に出る理由」

「外に出る理由」


 卒業でも、退学でもなかった。


 だから、

 誰も止めなかった。



 進路希望調査票は、

 提出期限より少し早く出した。


 第三希望まで、

 すべて校外。


 理由欄には、

 こう書いた。


 ――環境を変えたい。


 それだけ。


 評価しようのない言葉。



 椎名は、

 書類を見て、

 少しだけ眉を動かした。


 「神代」

 「はい」

 「特に、

  困っていることは?」


 いつもの確認。


 「ありません」


 正解。



 「そう」

 椎名は、

 頷いた。

 「あなたは、

  もう安定しているものね」


 安定。


 その言葉で、

 全てが通る。



 手続きは、

 驚くほど静かに進んだ。


 面談は一度きり。

 引き止めも、

 説得もない。


 問題を起こしていない生徒は、

 処理する理由がない。



 最後の日。


 教室は、

 いつもと同じだった。


 真白は、

 席を立ち、

 小さく言った。


 「……行くんだね」

 「……うん」

 「理由、

  聞いていい?」


 陽は、

 少し考えてから答えた。


 「ここで、

  考え続けると」

 「……」

 「考えない人に、

  説明しなきゃいけなくなる」


 真白は、

 それで理解した。


 「……それ、

  しんどいね」

 「……うん」



 篠宮は、

 最後まで何も言わなかった。


 ただ、

 すれ違いざまに

 小さく言った。


 「……外、

  寒いぞ」

 「……知ってる」


 それが、

 彼なりの祝福だった。



 校門を出るとき、

 陽は一度だけ振り返った。


 誰も、

 見ていなかった。


 それが、

 この場所の完成形だ。



 外の世界は、

 特別ではなかった。


 理不尽もある。

 不平等もある。

 誰かの価値観が、

 誰かを縛る。


 だが。


 少なくとも、

 疑問を持っただけで

  問題にはならない。



 陽は、

 ノートを開く。


 最後のページ。


 【第1章まとめ】


 ・常識は、疑われない前提で成立する

・守るという行為は、選択権を奪う

・多数派は、問いを「空気」で潰す

・問題は、行動ではなく“ズレ”


 最後に、

 こう書いた。


 ・ここでは、

  疑問を持つこと自体が

  異常だった。



 そして、

 ページを閉じる。


 次に書くのは、

 ここではない。


 この世界を、

 外から見る場所だ。


 常識が常識として

 成立している理由を、

 疑問にできる場所。



 校門の向こうで、

 チャイムが鳴った。


 だが、

 それはもう、

 合図ではない。


 陽は、

 一度も振り返らずに

 歩き出した。


 ――問いを、

 胸の内に残したまま。


第1章・了

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