第32話 「守りすぎる」
陽は、違反しなかった。
それが、選択だった。
*
翌朝。
清掃時間になっても、
陽は自分の担当区域から一歩も動かなかった。
紙屑が落ちていても。
誰かが困っていそうでも。
――担当外。
それだけで、
体は止まる。
*
真白が、
小さく声をかけてきた。
「……あそこ、汚れてる」
「……うん」
「拾わないの?」
「……ルールだから」
その答えは、
間違っていない。
だからこそ、
真白は何も言えなくなる。
*
休み時間。
隣のクラスの前で、
備品が倒れていた。
誰かが、
つまずきかける。
だが、
誰も手を出さない。
「先生呼んでくる?」
「……でも、今、授業中だし」
そのまま、
時間が過ぎる。
結局、
通りかかった教員が片付けた。
「危ないでしょう」
そう言いながら。
だが、
誰も叱られない。
誰も褒められない。
*
昼休み。
保護委員の女子が、
困ったように言った。
「最近さ」
「……なに」
「みんな、
動かなすぎじゃない?」
陽は、
何も答えなかった。
答えは、
もう書かれている。
*
午後。
委員会の連絡が、
遅れた。
誰かが気づいていた。
だが、
“担当ではなかった”。
結果、
全体が遅れる。
*
放課後。
椎名が、
職員室前で足を止めた。
「……最近、
校内が少し、
静かすぎるわね」
静か。
それは、
秩序の理想形のはずだった。
*
「みんな、
ちゃんとルールを
守っている」
椎名は、
そう言った。
だが、
声に、
納得はなかった。
*
その日の帰り道。
篠宮が、
低く言った。
「……壊れてきたな」
「……うん」
「ルールが」
壊れたのは、
規則ではない。
機能だ。
*
「違反してないのに」
篠宮は続ける。
「回らなくなってる」
それが、
最も危険な兆候だった。
*
夜。
陽は、ノートを開く。
【やったこと】
・何もしなかった
・ルールを完全に守った
【起きたこと】
・誰も動かなくなった
・助けが遅れた
【分かったこと】
・善意を禁止すると、
行動自体が萎縮する
・ルールは、
人を動かす前提で作られている
最後に、
ゆっくり書く。
・守りすぎると、世界は止まる。
違反は、
分かりやすい敵だ。
だが、
完全遵守は、
もっと扱いにくい。
責められない。
叱れない。
それなのに、
確実に不都合が出る。
次に起きるのは、
必然だった。
「誰が悪いのか」を
探し始める。
そして、
その視線は――
必ず、
最初にズレた場所へ戻る。
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