第30話 「真似されるということ」

 最初は、偶然に見えた。



 翌朝の清掃時間。


 陽は、いつも通り自分の担当を終え、

 何もせず、席に戻った。


 ――目立たない行動。

 ――何もしない、という選択。


 それでいい。

 そう思っていた。



 だが、教室の後ろで、

 箒を動かしている生徒がいた。


 担当区域でもない場所を、

 黙々と掃いている。


 篠宮ではない。

 真白でもない。


 名前も、

 特別に意識したことのない生徒。



 「……あれ?」

 誰かが言った。

 「そこ、

  当番じゃなくない?」


 その生徒は、

 顔を上げて答えた。


 「……汚れてたから」


 同じ言葉。

 同じ、理由のなさ。


 陽の背中が、

 わずかに硬くなる。



 休み時間。


 別の場所で、

 別の生徒が言った。


 「別に、

  誰の仕事でもないし」


 それは、

 主張ではなかった。


 模倣だった。



 昼までに、

 三人。


 午後には、

 五人。


 全員が、

 同じことをしているわけじゃない。


 だが、

 共通点は一つ。


 ――割り当てられていない行動。



 「最近さ」

 「……うん」

 「勝手なことする人、

  増えてない?」


 その言葉は、

 批判にも、

 賞賛にもなる。


 だから、

 扱いにくい。



 昼休み。


 椎名が、

 教室の前に立った。


 「少し、

  連絡があります」


 声は、

 穏やかだった。


 だが、

 予兆があった。



 「最近、

  清掃や日常行動について、

  自主的な動きが

  見られます」


 自主的。


 肯定の言葉。


 「それ自体は、

  とても良いことです」


 教室が、

 少しだけ緩む。


 「ただし」

 来た。

「全体の秩序を保つため、

役割分担は

必ず守ってください」


 秩序。


 「個人判断での行動は、

混乱を招く可能性があります」


 可能性。


 ここで、

 全てが処理される。



 陽は、

 真白の方を見た。


 真白も、

 陽を見ていた。


 言葉は、

 交わさない。


 だが、

 同じ理解があった。


 ――個人の行動が、

  集団の問題にされた。



 放課後。


 篠宮が、

 低い声で言った。


 「……来たな」

 「……うん」

 「お前の行動、

  お前のものじゃなくなった」


 それが、

 一番怖いことだった。



 「悪いこと、

  したつもりはない」

 篠宮は、

 そう付け加えた。

 「だから、

  止め方が分からない」


 止め方。


 それは、

 制度側も同じだ。



 夜。


 陽は、ノートを開く。


 【起きたこと】

 ・行動が真似された

・個人の選択が

集団現象になった


 【分かったこと】

・意味は、拡散する

・拡散した瞬間、

管理対象になる


 【気づいたこと】

・真似されると、

もう戻れない


 最後に、

 強く書く。


 ・個人でいられるのは、最初だけだ。


 陽は、

 深く息を吐いた。


 これは、

 小さな反抗でも、

 革命でもない。


 ただ、

 常識のズレが、

  可視化された

 それだけだ。


 だが、

 可視化された瞬間、

 必ず誰かが

 線を引く。


 次に起きるのは、

 ――明文化。


 暗黙だったルールが、

 言葉になる。


 それは、

 終わりの合図だ。

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