第29話 「意味を与えられる行動」

 行動は、主張ではなかった。


 だから、

 誰にも止められなかった。



 それは、朝の清掃当番の時間だった。


 陽は、

 自分の担当区域を終えたあと、

 そのまま教室に戻らなかった。


 代わりに、

 誰にも割り当てられていない

 階段の踊り場を、

 黙って掃いた。


 理由は、ない。


 ただ、

 汚れていたから。



 最初に気づいたのは、

 真白だった。


 「……そこ、

  当番じゃないよね」


 声は小さい。

 責める調子ではない。


 「うん」

 陽は、

 手を止めずに答えた。


 「どうして?」

 「……特に理由はない」


 それだけ。


 正解も、

 主張も、

 説明もない。



 その日のうちに、

 噂になった。


 「神代、

  勝手なことしてたらしいよ」

 「評価狙いじゃない?」

「でも、

そういうのって

先生に言わないと

ダメじゃない?」


 誰も、

 本人に聞かない。


 行動は、

 周囲の中で

 意味を付けられていく。



 昼休み。


 保護委員の女子が、

 やんわりと近づいてきた。


 「神代くん」

 「……なに」

 「今朝のこと、

 ちょっと聞いていい?」


 確認。


 「……掃除?」

 「うん」

「どうして、

あそこを?」


 理由を、

 要求している。


 「……汚れてたから」


 それ以上、

 言わない。



 彼女は、

 一瞬だけ困った顔をして、

 笑った。


 「そっか」

 「……」

 「でもね」

 「……」

 「“勝手な判断”って、

 誤解されやすいから」


 誤解。


 いつもの言葉。


 「次からは、

 先生に一言、

 相談しようね」


 相談。


 行動にも、

 許可が必要になる。



 放課後。


 椎名に呼ばれた。


 今度は、

 相談室でも、

 会議室でもない。


 廊下だった。


 公開の場。



 「神代」

 「はい」

 「今朝の清掃の件だけど」


 件。


 「良いことをしてくれたのは、

 分かっているわ」


 良いこと。


 「ただ」

 来た。

「“あなたの立場”を考えると、

勝手な行動は、

周囲を混乱させる」


 立場。


 行動そのものではなく、

 行動する主体が問題になる。



 「……じゃあ」

 陽は、

 静かに聞いた。

 「やらないほうが

 よかったですか」


 椎名は、

 すぐに答えなかった。


 「……そうは言っていない」

「……」

「でも、

相談してくれたら、

もっと良かった」


 相談。


 いつでも、

 そこに戻る。



 「分かりました」


 陽は、

 それ以上、

 何も言わなかった。


 行動を、

 言葉で正当化しない。


 それが、

 次の一歩だった。



 帰り道。


 真白が、

 ぽつりと言った。


 「……意味、

 付けられちゃったね」


 「……うん」


 「ただ掃除しただけなのに」

「……うん」


 真白は、

 苦笑する。


 「何もしないより、

 厄介だね」


 それが、

 正確な表現だった。



 夜。


 陽は、ノートを開く。


 【やったこと】

・頼まれていない掃除


 【起きたこと】

・理由を求められた

・行動に意味が付いた


 【分かったこと】

・行動は、自由ではない

・沈黙は、解釈される


 最後に、

 静かに書く。


 ・何もしなくても、何かになる。

  何かすると、必ず意味にされる。


 問いは、

 言葉を失った。


 だが、

 行動になった瞬間、

 別の管理が始まる。


 それでも。


 陽は、

 確信していた。


 行動は、

  まだ奪われていない。


 次に選ぶのは、

 “目立たない行動”か、

 それとも――。


 物語は、

 静かに、

 最後の選択へ向かっていく。

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