第29話 「意味を与えられる行動」
行動は、主張ではなかった。
だから、
誰にも止められなかった。
*
それは、朝の清掃当番の時間だった。
陽は、
自分の担当区域を終えたあと、
そのまま教室に戻らなかった。
代わりに、
誰にも割り当てられていない
階段の踊り場を、
黙って掃いた。
理由は、ない。
ただ、
汚れていたから。
*
最初に気づいたのは、
真白だった。
「……そこ、
当番じゃないよね」
声は小さい。
責める調子ではない。
「うん」
陽は、
手を止めずに答えた。
「どうして?」
「……特に理由はない」
それだけ。
正解も、
主張も、
説明もない。
*
その日のうちに、
噂になった。
「神代、
勝手なことしてたらしいよ」
「評価狙いじゃない?」
「でも、
そういうのって
先生に言わないと
ダメじゃない?」
誰も、
本人に聞かない。
行動は、
周囲の中で
意味を付けられていく。
*
昼休み。
保護委員の女子が、
やんわりと近づいてきた。
「神代くん」
「……なに」
「今朝のこと、
ちょっと聞いていい?」
確認。
「……掃除?」
「うん」
「どうして、
あそこを?」
理由を、
要求している。
「……汚れてたから」
それ以上、
言わない。
*
彼女は、
一瞬だけ困った顔をして、
笑った。
「そっか」
「……」
「でもね」
「……」
「“勝手な判断”って、
誤解されやすいから」
誤解。
いつもの言葉。
「次からは、
先生に一言、
相談しようね」
相談。
行動にも、
許可が必要になる。
*
放課後。
椎名に呼ばれた。
今度は、
相談室でも、
会議室でもない。
廊下だった。
公開の場。
*
「神代」
「はい」
「今朝の清掃の件だけど」
件。
「良いことをしてくれたのは、
分かっているわ」
良いこと。
「ただ」
来た。
「“あなたの立場”を考えると、
勝手な行動は、
周囲を混乱させる」
立場。
行動そのものではなく、
行動する主体が問題になる。
*
「……じゃあ」
陽は、
静かに聞いた。
「やらないほうが
よかったですか」
椎名は、
すぐに答えなかった。
「……そうは言っていない」
「……」
「でも、
相談してくれたら、
もっと良かった」
相談。
いつでも、
そこに戻る。
*
「分かりました」
陽は、
それ以上、
何も言わなかった。
行動を、
言葉で正当化しない。
それが、
次の一歩だった。
*
帰り道。
真白が、
ぽつりと言った。
「……意味、
付けられちゃったね」
「……うん」
「ただ掃除しただけなのに」
「……うん」
真白は、
苦笑する。
「何もしないより、
厄介だね」
それが、
正確な表現だった。
*
夜。
陽は、ノートを開く。
【やったこと】
・頼まれていない掃除
【起きたこと】
・理由を求められた
・行動に意味が付いた
【分かったこと】
・行動は、自由ではない
・沈黙は、解釈される
最後に、
静かに書く。
・何もしなくても、何かになる。
何かすると、必ず意味にされる。
問いは、
言葉を失った。
だが、
行動になった瞬間、
別の管理が始まる。
それでも。
陽は、
確信していた。
行動は、
まだ奪われていない。
次に選ぶのは、
“目立たない行動”か、
それとも――。
物語は、
静かに、
最後の選択へ向かっていく。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます