第28話 「問いは共有できない」
それは、注意でも指導でもなかった。
だから、
多くの生徒は気づかなかった。
*
週明けの朝。
学内ポータルに、
短い通知が追加されていた。
【学習振り返りに関する補足】
内容は、
ひどく丁寧で、
ひどく正しかった。
――振り返りは自己理解を深めるためのもの
――他者の価値観を揺さぶる目的で使用しない
――共有・議論は教員の指示のもとで行う
共有しない。
議論しない。
問いを、
個人の内側に戻す。
*
教室では、
誰もその通知の話をしなかった。
しなかったのか、
できなかったのか。
それ自体が、
もう区別できない。
*
一限目の現代文。
教材は、
「主体性」についての評論だった。
偶然にしては、
できすぎている。
椎名は、
淡々と問いかける。
「では、この文章で言う
“主体的に考える”とは、
どういうことかしら」
数人が手を挙げる。
模範解答が、
次々に並ぶ。
――自分の役割を理解する
――周囲と協調する
――責任を持って選択する
どれも、
間違っていない。
*
真白は、
手を挙げなかった。
陽も、
挙げなかった。
挙げないことが、
今は一番、
安全だった。
*
「神代」
突然、
名前が呼ばれた。
「どう思う?」
教室の視線が、
一斉に集まる。
だが、
その視線は、
前よりも薄い。
――期待ではなく、
確認。
*
「……この文章は」
陽は、
言葉を選ぶ。
「“考えること”より、
“考えた結果を
どう扱うか”を
重視していると思います」
それ以上、
踏み込まない。
問いを、
問いのままにしない。
*
椎名は、
一瞬だけ間を置いて、
頷いた。
「ええ。
良い読み取りね」
良い。
評価は、
ここで終わる。
続きを、
許さない。
*
休み時間。
真白が、
小さな声で言った。
「……今の」
「……うん」
「言えたよね」
「……言えた」
でも。
「言わなかった」
二人の間に、
それだけの確認があった。
*
昼休み。
掲示板に、
新しい紙が貼られていた。
『価値観の多様性について』
その下に、
赤字で追記されている。
※個人的な解釈を
無断で拡散しないこと
拡散。
問いは、
ウイルス扱いだ。
*
放課後。
陽は、
椎名に呼び止められた。
廊下の隅。
人目はあるが、
会話は聞こえない。
「神代」
「はい」
「最近、
落ち着いているわね」
落ち着いている。
それは、
褒め言葉だ。
「……そうでしょうか」
「ええ」
椎名は、
少しだけ声を落とす。
「だから、
これ以上、
考えを“共有”しなくていい」
共有しなくていい。
優しい口調。
だが、
明確な線引き。
「それが、
あなたのためよ」
*
「……分かりました」
陽は、
頷いた。
従順だった。
だが、
内側では、
はっきりと理解していた。
――これは、
問いを持つこと自体を
終わらせにきている。
*
夜。
ノートを開く。
【起きたこと】
・共有の禁止
・問いの個人化
・発言の評価制御
【分かったこと】
・問いは、集団に属せない
・共有された瞬間、危険になる
【確信したこと】
・制度は、答えより問いを恐れる
最後に、
静かに書く。
・問いは、閉じ込められる。
だが。
閉じ込められた問いは、
消えるのではない。
内側で、
別の形に変わる。
それが、
次の段階だった。
陽は、
ノートを閉じた。
次に起きるのは、
言葉ではない。
行動だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます