第27話 「全員の問題」
それは、朝の連絡事項として告げられた。
特別な前置きはなかった。
声のトーンも、いつも通り。
だからこそ、
逃げ場がなかった。
*
「今週末、
クラス全体での振り返りシートを提出してください」
椎名は、黒板に日付を書く。
「テーマは――
“自分の選択と、その結果”です」
教室が、
一瞬だけざわついた。
*
「これは、
特定の誰かのためではありません」
その一言が、
決定打だった。
「全員分、
評価対象になります」
評価。
誰もが、
無関係ではなくなる。
*
一限目の途中。
陽は、
ゆっくりと理解した。
――これは、
真白の出来事を
“個人の失敗”で終わらせないための処理だ。
同時に。
――問いを、
個人に閉じ込めないための圧力でもある。
*
休み時間。
あちこちで、
小声の会話が始まる。
「何書けばいいの?」
「無難に、
ちゃんと選びました、でよくない?」
「失敗とか、
書かないほうがいいよね」
“無難”。
その単語が、
教室を満たしていく。
*
真白は、
自分の机を見つめていた。
ペンを持ったまま、
動かない。
「……どうする?」
陽が、
小さく聞いた。
真白は、
一度、息を吸ってから答えた。
「……書く」
「……なにを」
「失敗したこと」
その声は、
震えていなかった。
*
昼休み。
二人の前に、
クラスメイトが立った。
「ねえ」
「……なに」
「真白さ、
あれ書くの?」
あれ。
誰も、
具体的には言わない。
「……うん」
真白は、
はっきり頷いた。
空気が、
一段階、重くなる。
*
「やめたほうがよくない?」
「……どうして」
「だって、
全体の評価でしょ」
全体。
「変なこと書くと、
“空気読めない”って
思われるよ」
空気。
それが、
この教室の
最上位ルールだった。
*
真白は、
少し考えてから言った。
「……でも」
「……」
「失敗したって、
事実だから」
事実。
その言葉に、
相手は何も言えなくなった。
否定できないからだ。
*
放課後。
教室の後ろで、
椎名が、
数人と話していた。
声は低いが、
断片が聞こえる。
「……共有……」
「……学びに……」
「……個人の感情は……」
すべて、
正しい言葉だった。
*
家に帰って。
陽は、
白紙のシートを前に座った。
テーマ。
【自分の選択と、その結果】
選択。
結果。
それは、
今までずっと、
“個人の中”に
閉じ込められてきたものだ。
*
陽は、
ペンを走らせた。
【選択】
・考えることをやめなかった
【結果】
・周囲との距離ができた
・管理された
・自由を与えられたが、
守られなくなった
事実だけを書く。
感情は、
添えない。
*
翌日。
提出。
誰が、
何を書いたかは、
公開されない。
だが。
回収されるときの
空気だけで、
分かってしまう。
――書いた人と、
書かなかった人がいる。
*
数日後。
椎名は、
こう言った。
「全体として、
とても“よく考えられて”いました」
よく考えられている。
だが。
「一方で」
「……」
「“自分の選択ではない結果”を
書いた人もいました」
教室が、
静まり返る。
*
「それは」
椎名は、
柔らかく続ける。
「成長の途中として、
自然なことです」
自然。
だが、
評価は、
そこで分かれた。
*
陽は、
理解してしまった。
――問いは、
全員に配られた。
だが。
――答えた人だけが、
浮かび上がる。
*
放課後。
真白が、
ぽつりと言った。
「……全員の問題にしたのに」
「……うん」
「結局、
“書いた人の問題”に
なったね」
それが、
制度の強さだった。
*
夜。
陽は、ノートを開く。
【今日、分かったこと】
・問いは配れる
・だが、答えは管理される
【起きたこと】
・全体化は、責任分散ではない
・可視化は、選別
最後に、
ゆっくり書く。
・全員にした瞬間、個人が切り出される。
それでも。
問いは、
消えなかった。
むしろ、
誰の手元に残ったかが、
はっきりしただけだ。
次に起きるのは、
問いを持った側への直接的な処理。
それは、
もう、
避けられない。
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