第26話 「同じ問いを持つ」
翌日の教室は、静かだった。
いつもと同じ配置。
同じチャイム。
同じ席順。
だが、
視線の向きだけが違う。
*
朝のホームルーム。
椎名は、連絡事項を淡々と読み上げた。
「委員会提出物の管理について、
今後は各自の自己管理を徹底してください」
自己管理。
誰の名前も出ない。
だが、
昨日の出来事を知らない者はいない。
真白は、
俯いたまま、
何も書き留めなかった。
*
一限目。
陽は、ノートを取りながら、
ふと、
自分が“普通の生徒”に戻っていることに気づく。
呼ばれない。
見られない。
確認されない。
――自由。
だが、その自由は、
誰かが落ちた分の空白だった。
*
休み時間。
真白が、
陽の席に来た。
周囲が、
一瞬だけ、息を止める。
「……昨日」
真白は、
小さな声で言う。
「誰も、
何も言わなかった」
「……うん」
「怒られもしなかった」
「……うん」
「でも」
真白は、
陽を見る。
「全部、
私のことになった」
それが、
彼女の初めての実感だった。
*
「陽くん」
「なに」
「これってさ」
真白は、
少し言葉を探してから、
続けた。
「“間違えた人”が
悪いんじゃなくて」
「……」
「“助けられなかった人”が
いなかったことに
されてるだけだよね」
その言葉に、
陽は、息を止めた。
――同じところに、
辿り着いている。
*
「……そう思う」
陽は、
ゆっくり答えた。
真白は、
ほんの少しだけ、
安心した顔をした。
「やっぱり」
「……なにが」
「私だけ、
変になったんじゃないって」
変。
この世界で、
一番怖い評価。
*
昼休み。
二人は、
同じテーブルについた。
誰も、止めない。
誰も、促さない。
それが、
新しい“自由”。
だが、
周囲の会話は、
微妙に二人を避けて流れる。
*
「ねえ」
真白が言う。
「もしさ」
「……うん」
「最初から、
誰も守らない世界だったら」
もし。
「……どうなってたと思う?」
「……分からない」
陽は、
正直に言った。
「でも」
「……」
「今より、
分かりやすかったかも」
真白は、
苦く笑った。
「守ってるふり、
しなくていいもんね」
*
放課後。
篠宮が、
遠くから二人を見ていた。
近づかない。
声をかけない。
だが、
目は逸らさない。
――同じ問いを持った人間が、
増えた。
それは、
制度にとって、
何より厄介だ。
*
帰り道。
真白が、
ぽつりと言った。
「私ね」
「……なに」
「もう、
“正しい側”に
戻れない気がする」
「……うん」
「でも」
真白は、
足を止める。
「怖いのは、
間違えることじゃない」
「……」
「間違えたって、
言えなくなること」
その言葉は、
陽が、
ずっと言葉にできなかったものだった。
*
夜。
陽は、ノートを開く。
【今日、共有したこと】
・守られない責任
・助けない自由
【気づいたこと】
・同じ問いを持つと、孤立は減る
・だが、目立つ
【確信したこと】
・問いは、個人を越える
最後に、
静かに書く。
・これは、もう俺だけの話じゃない。
問いは、
連鎖する。
そして、
連鎖した問いは、
必ずどこかで
制度に触れる。
次に揺れるのは、
教室か。
学校か。
それとも――。
陽は、
ノートを閉じた。
最終章は、
もう、始まっている。
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