第25話 「守らないという選択」
変化は、真白から始まった。
本人が自覚するより、
ほんの少しだけ早く。
*
昼休みの教室。
真白は、陽の席の前で立ち止まった。
以前なら、
自然に声をかけていた距離。
だが今日は、
一拍、間があった。
「……陽くん」
「なに」
「今日さ、
委員の集まり、
抜けてもいいかな」
委員。
守る側だった場所。
「……いいんじゃない」
「……うん」
その返事に、
真白は少しだけ驚いた顔をした。
期待していた言葉と、
違ったのかもしれない。
*
「前なら」
真白は、
小さく笑った。
「“ちゃんと行きなよ”って
言われてたと思う」
「……前はね」
陽は、
それ以上、何も言わなかった。
止めない。
促さない。
評価しない。
ただ、
判断を返す。
*
午後の授業中。
真白は、
何度もノートを取り損ねた。
集中できていない。
それに気づいても、
誰も声をかけない。
――本人が選んだことだから。
それが、
新しい正しさだった。
*
放課後。
廊下で、
小さなざわめきが起きた。
「……真白さん?」
「どうしたの?」
人だかりの中心に、
真白がいた。
顔が青い。
足元には、
落ちた書類。
委員会の提出物。
提出期限は、
今日。
*
「……私」
真白は、
声を震わせる。
「出し忘れて……」
それだけのこと。
だが。
*
顧問の教師が来た。
「真白」
「……はい」
「これは、
君の判断だね」
判断。
その言葉に、
真白の肩が、
わずかに揺れた。
「最近、
“自分で選ぶ”
と言っていたよね」
言っていた。
確かに。
「だから」
教師は、
穏やかに続ける。
「今回は、
自分で責任を取ろう」
責任。
誰も怒っていない。
誰も責めていない。
それが、
一番きつかった。
*
「……はい」
真白は、
小さく頷いた。
その瞬間、
陽は見てしまった。
守られる側だった人が、
初めて、
“放流”された顔を。
*
その日の帰り道。
真白は、
陽の横を歩いていた。
距離は、
近すぎず、
遠すぎず。
「……ねえ」
「なに」
「これが、
陽くんのいた場所?」
その問いは、
責めでも、
皮肉でもなかった。
ただの、
確認。
「……うん」
「……そっか」
しばらく、
無言で歩く。
*
「私ね」
真白は、
立ち止まった。
「間違えたと思う」
間違えた。
その言葉を、
この世界で
口に出すのは、
勇気がいる。
「……なにを」
「守ることと、
決めることを、
混ぜてた」
混ぜてた。
「守ってるつもりで、
選んであげてた」
「……」
「選んであげてるって、
優しさだと思ってた」
真白の目に、
涙はなかった。
その代わり、
ひどく乾いていた。
*
「陽くん」
「……なに」
「私、
もう戻れないかな」
戻る。
守る側に。
正しい側に。
「……分からない」
陽は、
正直に答えた。
正解は、
用意しなかった。
*
夜。
陽はノートを開く。
【起きたこと】
・守られない選択
・判断の回収
・責任の可視化
【見えたこと】
・自由は、準備なしに与えられる
・守る側ほど、落差が大きい
【分かったこと】
・制度は、人を選ばない
・役割が変わるだけ
最後に、
少しだけ強い字で書く。
・これが「多数派の暴力」だ。
誰も殴らない。
誰も怒鳴らない。
ただ、
同じ言葉を使う。
――あなたが選んだことです。
陽は、
ペンを置いた。
真白は、
今日、
一歩こちら側に来た。
それは、
救いでもあり、
危険でもある。
そして。
もう一人、
これを見ていた誰かがいる。
次に、
声を上げるのは――。
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