第24話 「あなたが選んだことにする」

 それは、決定ではなく「整理」として始まった。


 だから、誰も反対しなかった。



 翌日、学内ポータルに通知が出た。


 【支援体制運用の一部見直しについて】


 件名は、やけに事務的だった。


 内容は、さらに丁寧だった。


 ――生徒の主体性を尊重する

 ――自己決定を促す支援へ移行

 ――過度な介入を避ける


 言葉だけ見れば、

 理想的ですらある。


 だが、

 陽は一文で理解した。


 ――責任を、返してきた。



 放課後、椎名に呼ばれた。


 場所は、職員室の隅。

 人目はあるが、

 話の内容は聞こえない距離。


 「神代」

 「はい」


 椎名は、

 少し疲れた顔をしていた。


 「昨日の面談を受けてね」

 「……はい」

 「学校としても、

  考えたの」


 考えた。


 「あなたは、

  “考えられない”わけじゃない」

 「……」

 「むしろ、

  考えすぎてしまうタイプ」


 いつもの評価。



 「だから」

 椎名は、

 結論を置く。

 「これからは、

  あなた自身に、

  選択してもらう」


 選択。


 「ただし」

 来た。

 「選んだ結果については、

  あなた自身が

  責任を持つ」


 責任。


 「それで、

  いいわね?」


 確認の形をした、

 同意要求。



 「……はい」


 陽は、

 頷いた。


 拒否しない。

 反論しない。


 ただ、

 構造を見たまま、受け取る。



 その日から、

 扱いが変わった。


 保護委員は、

 距離を取るようになった。


 面談は、

 週一に戻った。


 だが。


 「何かあったら、

  自己判断で対応してね」


 その一言が、

 必ず添えられる。



 昼休み。


 真白が、

 少し躊躇いながら

 声をかけてきた。


 「……陽くん」

 「なに」

 「最近、

  自由になった感じするね」


 自由。


 「……そう見える?」

 「うん」


 真白は、

 安心したように笑う。


 「よかった」

 「……なにが」

 「だって、

  もう先生たちも

  そこまで心配してないし」


 心配してない。


 それは、

 見放された

 という意味でもある。



 放課後。


 篠宮が、

 小声で言った。


 「来たな」

 「……うん」

 「一番、

  厄介なやつ」


 「責任だけ返すやつ」


 陽は、

 小さく頷いた。



 夜。


 ノートを開く。


 【変わったこと】

 ・監視が減った

・選択が増えた


 【変わらないこと】

・評価は続く

・記録は残る


 【気づいたこと】

・自由は、免責ではない

・「自己責任」は、

管理の最終形


 ページの下に、

 静かに書く。


 ・これは解放じゃない。放流だ。


 囲いを外し、

 首輪を外し、

 だが、

 地雷原に押し出す。


 事故が起きたら、

 言えるように。


 ――選んだのは、

 あなたです。



 陽は、

 ノートを閉じた。


 ここから先は、

 制度と対峙するのではない。


 制度が作った「自由」の中で、

  どう壊れるか。


 その段階に入った。


 次に揺れるのは、

 自分か、

 それとも――。


 もう一人。


 真白だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る