第23話 「判断を返してもらう」

 動きは、すぐにあった。


 困らせたまま、

 放っておかれるほど、

 この場所は甘くない。



 翌朝、陽の下駄箱に紙が入っていた。


 白い封筒。

 名前だけが、丁寧な字で書かれている。


 【神代 陽 様】


 様。


 久しぶりに見た敬称だった。



 中身は、一枚の紙。


 『本日放課後、

  支援体制再確認のため、

  臨時面談を実施します』


 臨時。


 理由は書かれていない。

 だが、内容は分かる。


 ――判断を、取り戻す。



 教室に入ると、

 いつもより静かだった。


 視線は、

 以前より露骨ではない。

 だが、

 “共有されている”気配がある。


 何かが、

 始まった。



 放課後。


 会議室。


 前回より、

 椅子が一つ増えていた。


 椎名。

 東堂。

 そして、

 保護委員会の教師。


 三人。


 役割分担が、

 はっきりしている。



 「神代」

 椎名が言う。

 「今日は、

  少し丁寧に話したいの」


 丁寧。


 それは、

 時間をかける、という意味だ。


 「最近、

  “分からない”という返答が

  増えていますね」


 東堂が続ける。


 「はい」

 陽は、素直に頷いた。

 「自分では、判断できなくて」


 その言葉を、

 そのまま使う。



 「判断できない、という状態は」

 保護委員の教師が言う。

 「不安定さの一種です」


 分類。


 「だから」

 椎名が、

 すぐに補足する。

 「私たちが、

  判断をサポートします」


 サポート。


 「……どうやって?」

 陽は、

 自然な調子で聞いた。


 全員が、

 一瞬だけ黙った。



 「まず」

 東堂が言う。

 「質問の形式を、

  こちらで用意します」


 用意。


 「選択式にしましょう」

 「……選択式」

 「はい。

  “はい”か“いいえ”で答えられる形です」


 判断を、

 簡略化する。


 「それなら、

  迷いませんよね」


 迷わない。


 それは、

 考えない、という意味だ。



 「そして」

 保護委員の教師が続ける。

 「一定期間、

  自己判断を控える」


 控える。


 「決定は、

  必ず事前に相談する」


 完全な回収。



 陽は、

 少しだけ考えるふりをした。


 「……それって」

 「はい」

 「俺が、

  “考えなくていい”

  ってことですか」


 椎名は、

 柔らかく笑った。


 「考えていいの」

 「……」

 「ただ、

  一人で結論を出さないで」


 その違いは、

 紙一枚分。


 だが、

 超えられない線だ。



 「分かりました」

 陽は、

 ゆっくり言った。

 「じゃあ……」


 全員が、

 少しだけ前のめりになる。


 「判断は、

  先生たちがするんですよね」


 確認。


 「はい」

 東堂が頷く。

 「責任を持って」


 責任。


 「じゃあ」

 陽は、

 穏やかに続けた。

 「結果が悪かったときは、

  俺の責任じゃないですよね」


 沈黙。


 それは、

 久我が言っていた

 “見せる”瞬間だった。



 「……それは」

 椎名が言葉を探す。

 「一概には……」


 「だって」

 陽は、

 首を傾げる。

 「判断は、

  俺がしてない」


 正論。


 だが、

 声は低くない。

 攻撃もしない。


 ただ、

 役割をそのまま返した。



 「神代」

 保護委員の教師が言う。

 「そういう考え方は、

  極端です」


 極端。


 「……そうですか」

 「ええ」


 「じゃあ」

 陽は、

 視線を下げる。

 「どう考えれば、

  極端じゃなくなりますか」


 また、

 判断を返す。



 沈黙が、

 長くなった。


 誰も、

 即答できない。


 責任を引き受ける言葉を、

 誰も、

 持っていない。



 「……今日は」

 東堂が、

 ようやく言った。

 「ここまでにしましょう」


 逃げ。


 「改めて、

  方針を整理します」


 整理。


 だが、

 今度は、

 向こうが整理する番だ。



 会議室を出るとき、

 陽は確信した。


 ――不具合として、

 ちゃんと認識された。


 それは、

 危険でもあるが、

 確実な進展だった。



 廊下で、

 篠宮が待っていた。


 「……どうだった」

 「判断を、

  返した」


 篠宮は、

 小さく息を吐いた。


 「……戻らないな」

 「うん」


 もう、

 元の位置には。



 夜。


 ノートを開く。


 【やったこと】

 ・判断を渡し

・責任を返した


 【起きたこと】

・制度が詰まった

・結論が出なかった


 【考えたこと】

・管理は、責任を嫌う

・責任が可視化されると、手が止まる

・不具合は、集団を映す


 最後に、

 強く書く。


 ・次は、誰が耐えられなくなるか。


 それは、

 挑発ではない。


 事実の観測だ。


 陽は、

 静かにノートを閉じた。


 次の一手は、

 もう、

 自分だけの問題ではない。

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