第23話 「判断を返してもらう」
動きは、すぐにあった。
困らせたまま、
放っておかれるほど、
この場所は甘くない。
*
翌朝、陽の下駄箱に紙が入っていた。
白い封筒。
名前だけが、丁寧な字で書かれている。
【神代 陽 様】
様。
久しぶりに見た敬称だった。
*
中身は、一枚の紙。
『本日放課後、
支援体制再確認のため、
臨時面談を実施します』
臨時。
理由は書かれていない。
だが、内容は分かる。
――判断を、取り戻す。
*
教室に入ると、
いつもより静かだった。
視線は、
以前より露骨ではない。
だが、
“共有されている”気配がある。
何かが、
始まった。
*
放課後。
会議室。
前回より、
椅子が一つ増えていた。
椎名。
東堂。
そして、
保護委員会の教師。
三人。
役割分担が、
はっきりしている。
*
「神代」
椎名が言う。
「今日は、
少し丁寧に話したいの」
丁寧。
それは、
時間をかける、という意味だ。
「最近、
“分からない”という返答が
増えていますね」
東堂が続ける。
「はい」
陽は、素直に頷いた。
「自分では、判断できなくて」
その言葉を、
そのまま使う。
*
「判断できない、という状態は」
保護委員の教師が言う。
「不安定さの一種です」
分類。
「だから」
椎名が、
すぐに補足する。
「私たちが、
判断をサポートします」
サポート。
「……どうやって?」
陽は、
自然な調子で聞いた。
全員が、
一瞬だけ黙った。
*
「まず」
東堂が言う。
「質問の形式を、
こちらで用意します」
用意。
「選択式にしましょう」
「……選択式」
「はい。
“はい”か“いいえ”で答えられる形です」
判断を、
簡略化する。
「それなら、
迷いませんよね」
迷わない。
それは、
考えない、という意味だ。
*
「そして」
保護委員の教師が続ける。
「一定期間、
自己判断を控える」
控える。
「決定は、
必ず事前に相談する」
完全な回収。
*
陽は、
少しだけ考えるふりをした。
「……それって」
「はい」
「俺が、
“考えなくていい”
ってことですか」
椎名は、
柔らかく笑った。
「考えていいの」
「……」
「ただ、
一人で結論を出さないで」
その違いは、
紙一枚分。
だが、
超えられない線だ。
*
「分かりました」
陽は、
ゆっくり言った。
「じゃあ……」
全員が、
少しだけ前のめりになる。
「判断は、
先生たちがするんですよね」
確認。
「はい」
東堂が頷く。
「責任を持って」
責任。
「じゃあ」
陽は、
穏やかに続けた。
「結果が悪かったときは、
俺の責任じゃないですよね」
沈黙。
それは、
久我が言っていた
“見せる”瞬間だった。
*
「……それは」
椎名が言葉を探す。
「一概には……」
「だって」
陽は、
首を傾げる。
「判断は、
俺がしてない」
正論。
だが、
声は低くない。
攻撃もしない。
ただ、
役割をそのまま返した。
*
「神代」
保護委員の教師が言う。
「そういう考え方は、
極端です」
極端。
「……そうですか」
「ええ」
「じゃあ」
陽は、
視線を下げる。
「どう考えれば、
極端じゃなくなりますか」
また、
判断を返す。
*
沈黙が、
長くなった。
誰も、
即答できない。
責任を引き受ける言葉を、
誰も、
持っていない。
*
「……今日は」
東堂が、
ようやく言った。
「ここまでにしましょう」
逃げ。
「改めて、
方針を整理します」
整理。
だが、
今度は、
向こうが整理する番だ。
*
会議室を出るとき、
陽は確信した。
――不具合として、
ちゃんと認識された。
それは、
危険でもあるが、
確実な進展だった。
*
廊下で、
篠宮が待っていた。
「……どうだった」
「判断を、
返した」
篠宮は、
小さく息を吐いた。
「……戻らないな」
「うん」
もう、
元の位置には。
*
夜。
ノートを開く。
【やったこと】
・判断を渡し
・責任を返した
【起きたこと】
・制度が詰まった
・結論が出なかった
【考えたこと】
・管理は、責任を嫌う
・責任が可視化されると、手が止まる
・不具合は、集団を映す
最後に、
強く書く。
・次は、誰が耐えられなくなるか。
それは、
挑発ではない。
事実の観測だ。
陽は、
静かにノートを閉じた。
次の一手は、
もう、
自分だけの問題ではない。
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