第21話 「外の人のやり方」

 久我は、校門の外にいた。


 それも、待っているというより、

 そこにいるのが当然みたいな顔で。


 放課後。

 生徒の流れが途切れかける時間。


 陽は、足を止めた。


 逃げなかったのは、

 もう、逃げる理由がなかったからだ。


 「……久我さん」

 「久しぶり」


 久我は、前と同じ調子で言った。


 近づかない。

 境界線の、向こう側に立ったまま。



 「元気そうじゃないね」

 「……分かりますか」

 「分かるよ」


 即答だった。


 「“ちゃんとしてる人”の顔してる」


 その言葉は、

 笑いにも、皮肉にもならなかった。



 「中、どう?」

 久我は校舎を顎で示す。

 「……変わりません」

 「嘘だね」


 否定が、

 あまりにも自然だった。


 「変わったでしょ」

 「……」

 「見えない首輪、ついた」


 陽は、

 何も言えなかった。


 言葉にした瞬間、

 また“記録”になる気がした。



 「外し方、知りたい?」

 久我は、

 あっさり聞いた。


 「……簡単なんですか」

 「簡単じゃない」

 「……危ないですか」

 「危ない」


 一切、誤魔化さない。


 「でも」

 久我は、

 少しだけ声を落とした。

 「やらないと、

  一生、首輪つけたまま」



 「反抗しちゃだめ」

 久我は言う。

 「正論も、だめ」

 「……じゃあ」

 「“役割”を壊す」


 役割。


 「君は今、

  “守られるべき不安定な生徒”」

 「……」

 「だから、その役を

  完璧に演じない」


 完璧に、演じない。


 「どういう……」

 「ちょっとだけズラす」


 久我は、

 地面に小石を落とした。


 「反抗しない」

 「拒否もしない」

 「でも、“便利な存在”にもならない」


 便利。


 「管理しやすい人間は、

  いつまでも管理される」


 それは、

 陽が体感してきた事実だった。



 「例えば?」

 「例えばね」


 久我は、

 指を一本立てる。


 「質問しない」

 「……それは」

 「代わりに、

  分からないふりをする」


 分からないふり。


 「判断を求められたら?」

 「“どうすればいいですか”って聞く」


 陽は、

 息を呑んだ。


 それは、

 従順の言葉に見える。


 だが。


 「決定権を、

  相手に全部渡す」

 久我は続ける。

 「で、結果が出たら――」


 少しだけ、

 笑った。


 「うまくいかなかった顔をする」



 「それって……」

 陽は、

 言葉を選ぶ。

 「ずるくないですか」


 久我は、

 即座に頷いた。


 「ずるいよ」

 「……」

 「でも、

  先にずるいのは、

  あっち」


 その言葉は、

 静かだった。



 「もう一つ」

 久我は、

 声を低くする。


 「一人でやらない」

 「……誰かを、巻き込む?」

 「違う」


 首を振る。


 「誰かに見せる」

 「……」

 「管理が過剰だってことを、

  “問題に見えない形”で」


 問題に見えない形。


 「だから」

 久我は言う。

 「君は、

  “いい子”をやめちゃだめ」


 やめない。


 「いい子のまま、

  不具合になる」


 その表現に、

 陽は、背筋が震えた。



 「それ、成功した人いるんですか」

 「私」


 久我は、

 短く答えた。


 「時間はかかった」

 「……」

 「でも、

  “扱いにくいけど、

  危険じゃない存在”

  になると」


 管理のコストが、

 上がる。


 「そうすると」

 久我は、

 肩をすくめる。

 「向こうが、

  手を離す」



 沈黙。


 校門の内側では、

 生徒の声がする。


 外側は、

 車の音と、風の音だけ。


 「……失敗したら」

 陽は聞いた。


 久我は、

 目を逸らさなかった。


 「もっと、締められる」

 「……」

 「だから、

  覚悟はいる」


 覚悟。



 「考えて」

 久我は、

 踵を返しながら言った。

 「君、

  もう考え始めてるから」


 そして、

 最後に振り返る。


 「考える人間はね」

 「……」

 「この場所では、

  放っておかれない」


 久我は、

 校門の外へ消えた。



 陽は、

 その場に立ち尽くした。


 反抗しない。

 正論も言わない。

 いい子のまま、

 不具合になる。


 それは、

 これまで教えられてきた

 全てと、

 正反対だった。



 夜。


 ノートを開く。


 【聞いたこと】

・完璧に従わない

・決定権を渡す

・いい子のまま壊す


 【考えたこと】

・抵抗は目立つ

・不具合は面倒

・面倒は、放置される


 最後に、

 小さく書く。


 ・次は、二センチ。


 陽は、

 ノートを閉じた。


 もう、

 やり方は分かった。


 問題は――

 誰に、どこまで見せるか。


 それが、

 次の一歩だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る