第21話 「外の人のやり方」
久我は、校門の外にいた。
それも、待っているというより、
そこにいるのが当然みたいな顔で。
放課後。
生徒の流れが途切れかける時間。
陽は、足を止めた。
逃げなかったのは、
もう、逃げる理由がなかったからだ。
「……久我さん」
「久しぶり」
久我は、前と同じ調子で言った。
近づかない。
境界線の、向こう側に立ったまま。
*
「元気そうじゃないね」
「……分かりますか」
「分かるよ」
即答だった。
「“ちゃんとしてる人”の顔してる」
その言葉は、
笑いにも、皮肉にもならなかった。
*
「中、どう?」
久我は校舎を顎で示す。
「……変わりません」
「嘘だね」
否定が、
あまりにも自然だった。
「変わったでしょ」
「……」
「見えない首輪、ついた」
陽は、
何も言えなかった。
言葉にした瞬間、
また“記録”になる気がした。
*
「外し方、知りたい?」
久我は、
あっさり聞いた。
「……簡単なんですか」
「簡単じゃない」
「……危ないですか」
「危ない」
一切、誤魔化さない。
「でも」
久我は、
少しだけ声を落とした。
「やらないと、
一生、首輪つけたまま」
*
「反抗しちゃだめ」
久我は言う。
「正論も、だめ」
「……じゃあ」
「“役割”を壊す」
役割。
「君は今、
“守られるべき不安定な生徒”」
「……」
「だから、その役を
完璧に演じない」
完璧に、演じない。
「どういう……」
「ちょっとだけズラす」
久我は、
地面に小石を落とした。
「反抗しない」
「拒否もしない」
「でも、“便利な存在”にもならない」
便利。
「管理しやすい人間は、
いつまでも管理される」
それは、
陽が体感してきた事実だった。
*
「例えば?」
「例えばね」
久我は、
指を一本立てる。
「質問しない」
「……それは」
「代わりに、
分からないふりをする」
分からないふり。
「判断を求められたら?」
「“どうすればいいですか”って聞く」
陽は、
息を呑んだ。
それは、
従順の言葉に見える。
だが。
「決定権を、
相手に全部渡す」
久我は続ける。
「で、結果が出たら――」
少しだけ、
笑った。
「うまくいかなかった顔をする」
*
「それって……」
陽は、
言葉を選ぶ。
「ずるくないですか」
久我は、
即座に頷いた。
「ずるいよ」
「……」
「でも、
先にずるいのは、
あっち」
その言葉は、
静かだった。
*
「もう一つ」
久我は、
声を低くする。
「一人でやらない」
「……誰かを、巻き込む?」
「違う」
首を振る。
「誰かに見せる」
「……」
「管理が過剰だってことを、
“問題に見えない形”で」
問題に見えない形。
「だから」
久我は言う。
「君は、
“いい子”をやめちゃだめ」
やめない。
「いい子のまま、
不具合になる」
その表現に、
陽は、背筋が震えた。
*
「それ、成功した人いるんですか」
「私」
久我は、
短く答えた。
「時間はかかった」
「……」
「でも、
“扱いにくいけど、
危険じゃない存在”
になると」
管理のコストが、
上がる。
「そうすると」
久我は、
肩をすくめる。
「向こうが、
手を離す」
*
沈黙。
校門の内側では、
生徒の声がする。
外側は、
車の音と、風の音だけ。
「……失敗したら」
陽は聞いた。
久我は、
目を逸らさなかった。
「もっと、締められる」
「……」
「だから、
覚悟はいる」
覚悟。
*
「考えて」
久我は、
踵を返しながら言った。
「君、
もう考え始めてるから」
そして、
最後に振り返る。
「考える人間はね」
「……」
「この場所では、
放っておかれない」
久我は、
校門の外へ消えた。
*
陽は、
その場に立ち尽くした。
反抗しない。
正論も言わない。
いい子のまま、
不具合になる。
それは、
これまで教えられてきた
全てと、
正反対だった。
*
夜。
ノートを開く。
【聞いたこと】
・完璧に従わない
・決定権を渡す
・いい子のまま壊す
【考えたこと】
・抵抗は目立つ
・不具合は面倒
・面倒は、放置される
最後に、
小さく書く。
・次は、二センチ。
陽は、
ノートを閉じた。
もう、
やり方は分かった。
問題は――
誰に、どこまで見せるか。
それが、
次の一歩だった。
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