第18話 「透明な首輪」
翌日から、世界は少しだけ分かりやすくなった。
その分、逃げ場がなくなった。
*
朝、昇降口で靴を履き替えていると、
腕章をつけた生徒が視界に入った。
保護委員。
生徒会とは違う、
「支援」を名目にした組織。
その一人が、陽を見る。
視線は一瞬。
だが、確実に確認する。
――登校。
それだけで、
チェックが入る。
*
一限目の前。
椎名が、教室に入ってくる。
「今日は、少し連絡があります」
柔らかな声。
誰も身構えない。
「神代は、しばらくの間、
私の判断で“フォロー対象”になります」
指導対象とは言わない。
フォロー対象。
「だから、周囲の皆さんは、
不用意な刺激を与えないよう、
協力してください」
刺激。
誰も、陽を見ない。
見ないことが、
協力だ。
*
授業中。
陽がノートを取っていると、
廊下の向こうから、
足音が二度、止まった。
――確認。
それが、
もう分かる。
*
休み時間。
陽は、席に座ったまま動かなかった。
動けば、
どこに行ったかを
誰かが覚える。
篠宮が、
少し離れた場所から
視線だけで問いかける。
――大丈夫か。
陽は、
ほんの僅かに、
首を縦に振る。
その動作さえ、
もう“やり取り”だ。
*
昼休み。
保護委員の女子が、
自然な動きで近づいてくる。
「神代くん、今日はどこで食べる?」
「……ここで」
「そっか。じゃあ、
人の多い場所にしようね」
選択肢は、
最初から一つだ。
*
「何か困ってない?」
「……大丈夫」
「そう。
言いにくかったら、
私から先生に伝えるよ」
代弁。
その申し出は、
親切だった。
だが、
同時に、
言葉を奪う。
*
午後の授業。
発言を求められたとき、
陽は一瞬、
考えてから口を開く。
「……特に、意見はありません」
教室が、
ほっとする。
それが、
正解だ。
*
放課後。
週二回の面談。
東堂は、
淡々とチェック項目を読み上げる。
「情緒の乱れは?」
「ありません」
「衝動的発言は?」
「ありません」
「他者への影響は?」
影響。
「……与えていません」
東堂は、
小さく頷く。
カツ。
「安定していますね」
安定。
その言葉は、
檻の鍵だった。
*
帰り道。
校門の前で、
篠宮が、
声をかけてきた。
周囲に、
人がいないことを確認して。
「……完全に、つけられたな」
「……うん」
「見えない首輪」
透明。
「外からは、
優しい紐に見えるけどな」
篠宮は、
乾いた笑いを浮かべた。
「外したら?」
陽は、
自分でも驚くほど、
低い声で聞いた。
篠宮は、
すぐに答えなかった。
「……外すと」
「……」
「“噛むかもしれない犬”になる」
その例えは、
あまりにも、
正確だった。
*
夜。
ノートを開く。
【今日あったこと】
・見られた
・決められた
・代弁された
【言ったこと】
・大丈夫
・意見はありません
【考えたこと】
・管理は、優しさの形をしている
・安全とは、選択肢が削られた状態
・首輪は、見えないほど強い
ページの最後に、
ゆっくりと書く。
・これは、もう個人の問題じゃない。
陽は、
初めてはっきりと理解した。
自分は、
特別だから
管理されているのではない。
“違う可能性”を
内包しているからだ。
この学校は、
問題が起きる前に、
可能性を潰す。
そのためなら、
どれだけ丁寧にも、
どれだけ優しくもなれる。
陽は、
目を閉じた。
次に来るのは、
「改善」か、
「解除」か、
それとも――。
いや。
もう一つだけ、
残っている選択肢があった。
自分で、外す。
その考えが、
初めて
“現実的な行動”として
輪郭を持った。
それが、
どれほど危険かを
分かったうえで。
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