第17話 「指導という名の確認」
それは「処分」ではなかった。
だからこそ、逃げ場がなかった。
*
放課後、陽は呼び出された。
場所は職員室――ではない。
第三相談室でもない。
会議室だった。
長机が一つ。
椅子が三つ。
水の入った紙コップが、きっちり等間隔に置かれている。
すでに二人、座っていた。
担任の椎名。
そして、東堂。
外部カウンセラーと担任。
この組み合わせが意味するものを、
陽は理解してしまっていた。
「座ってください、神代」
苗字。
敬称なし。
*
「今日は、確認の場です」
椎名が口火を切る。
「何かを罰するためではありません」
「……はい」
「あなた自身を守るためです」
その言葉は、
何度も聞いてきた。
東堂が、静かに資料を開く。
紙が擦れる音が、やけに大きく聞こえた。
*
「神代くん」
東堂が言う。
「最近、いくつか“気になる点”が重なりました」
気になる点。
「質問が増えていること」
「周囲に不安を与える発言があったこと」
「そして――」
一瞬、間が置かれる。
「自分の状態を、
他者と共有することを、
無意識に避けていること」
無意識。
「……避けているつもりは」
陽は言いかけて、止めた。
途中で止める癖が、
もう染みついている。
*
「ここで、確認します」
椎名は、穏やかに言った。
「あなたは、
今の学校生活に、
不満がありますか?」
不満。
この問いには、
答えが二つあるようで、
実際は一つしかない。
「……ありません」
正解。
二人は、同時に頷いた。
*
「では」
東堂が続ける。
「あなたは、
今の支援体制を、
必要だと感じていますか?」
必要。
「……はい」
正解。
カリ、とペンが動く。
*
「ありがとうございます」
椎名が微笑む。
「あなたは、
とても協力的です」
協力的。
それは、
「従順」とは言わないための、
上等な言葉だ。
*
「そこで」
東堂は、淡々と続ける。
「今後の方針として、
一つ、提案があります」
提案。
「神代くんには、
一定期間、
“指導対象”として
フォローを強化したい」
指導対象。
「面談頻度の増加」
「校内での行動確認」
「必要に応じた、
第三者の同席」
一つひとつは、
どれも穏やかな言葉だ。
だが、
組み合わさると、
はっきりした形になる。
――監督。
*
「……それは」
陽は、ゆっくりと聞いた。
「拒否できますか」
空気が、わずかに張る。
椎名が、すぐに答えた。
「できます」
「……本当に?」
「ただし」
来た。
「拒否の理由を、
私たちが理解できる形で、
説明する必要があります」
理解できる形。
それは、
正解の形、という意味だ。
*
陽は、思った。
ここで拒否すれば、
それは「問題」として記録される。
受け入れれば、
行動の自由はさらに狭まる。
だが――。
「……受けます」
声は、静かだった。
「ありがとうございます」
東堂は、即座に言う。
「これは、あなたのためです」
その言葉は、
もう、何も残さなかった。
*
会議室を出ると、
廊下がやけに長く感じられた。
窓の外では、
部活の声が聞こえる。
いつも通りの放課後。
何も変わっていない。
それなのに。
陽は、
自分の背中に、
見えない線が引かれた感覚を覚えた。
ここから先は、
一人で歩く場所じゃない。
*
教室に戻ると、
誰も、何も聞かなかった。
それが、
最も完成された配慮だった。
篠宮と、目が合う。
彼は、ほんの一瞬、
首を横に振った。
――言うな。
その合図に、
陽は小さく頷いた。
*
夜。
ノートを開く。
【言ったこと】
・不満はありません
・必要だと思います
・受けます
【決まったこと】
・指導対象
・監督
・説明責任
【考えたこと】
・拒否は権利だが、実行は罪
・協力は安全だが、自由ではない
・「ため」は、誰のためか
ページの最後に、
静かに書く。
・これで、はっきりした。
何が起きているのか。
何が守られているのか。
そして――
何が、失われているのか。
これは、指導ではない。
逸脱を、
発生前に無効化するための、
仕組みだ。
陽は、ノートを閉じた。
次に踏み出す一歩は、
もう、
無自覚では済まない。
それでも、
歩くかどうかは――
まだ、自分で決めていた。
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