第14話 「記録される音」

次の面談は、思ったより早く来た。


 通知は、前回の三日後。

 理由は書かれていない。

 ただ、日時と場所だけが淡々と記されていた。


 ――経過確認。


 その言葉が、もはや意味を持たないことを、

 陽は直感的に理解していた。



 第三相談室。


 東堂は、いつも通りの表情で座っていた。

 だが今日は、テーブルの端にタブレットが置かれている。


 「こんにちは、神代くん」

 「……こんにちは」


 着席を促される。


 「今日は、少し形式が変わります」

 東堂は言った。

 「記録を取りながら進めますね」


 記録。


 それは、

 今までも取られていたはずのものを、

 見える形にするという宣言だった。


 「問題はありません」

 陽は、先に言った。


 それでも、

 タブレットは起動された。



 「最近、周囲との関係はどうですか?」

 「良好です」

 「不安定な兆候は?」

 「ありません」

 「反抗的な感情は?」


 一瞬、耳を疑った。


 「……ありません」


 東堂は、画面に何かを入力する。


 カツ、と小さな音がした。


 その音が、

 評価が下された合図のように聞こえた。



 「神代くん」

 東堂は、少しだけ声のトーンを変えた。

 「あなたは、とても適応力が高い」


 適応。


 「でも」

 やはり、来る。

 「適応しすぎる人は、

  自分の状態を見失うことがあります」


 見失う。


 「それを防ぐために、

  今日は“確認”をします」


 確認。


 「あなたは、

  学校のサポート体制を、

  信頼していますか?」


 信頼。


 この質問には、

 正解が一つしかない。


 「……はい」


 東堂は、頷き、入力する。


 カツ。



 「では」

 東堂は、続けた。

 「もし、そのサポートと、

  あなた自身の判断が食い違った場合――」


 来た。


 「どちらを、優先しますか?」


 部屋が、静まり返った。


 これは、

 今まで避けられてきた問いだ。


 だが、

 答えは用意されている。


 「……サポートを」


 そう言えば、終わる。


 そう言えば、

 “良い子”に戻れる。


 陽は、口を開きかけて――止めた。


 そして、

 自分でも驚くほど、

 落ち着いた声で言ってしまった。


 「……それは、どこまでですか」


 東堂の指が、止まった。


 「……どこまで、とは?」

 「どこまで食い違ったら、

  自分の判断は、

  “間違い”になるんですか」


 沈黙。


 それは、

 今までで一番長い沈黙だった。



 東堂は、ゆっくりとタブレットを伏せた。


 「神代くん」

 「はい」

 「今の質問は、

  とても高度です」


 高度。


 「同時に」

 東堂は、言葉を選ぶ。

 「今の段階では、

  考えすぎを助長する恐れがあります」


 考えすぎ。


 「だから」

 「……」

 「その問いには、

  今は答えません」


 答えない。


 その選択肢が、

 こんなにも明確に示されたのは、

 初めてだった。



 「代わりに」

 東堂は、タブレットを再び起動する。

 「次のステップを提案します」


 ステップ。


 「面談の頻度を、

  週二回に増やしましょう」


 増やす。


 「あなたの思考を、

  一緒に整理していく必要があります」


 整理。


 「拒否は、できますか?」

 陽は、聞いてしまった。


 東堂は、微笑んだ。


 「できます」

 「……本当に?」

 「ただし」


 やはり、来た。


 「拒否した理由は、

  詳細に記録されます」


 記録。


 「そして、その内容によっては、

  より専門的な判断が必要になります」


 専門的。


 「それでも、拒否しますか?」


 これが、

 選択だった。



 陽は、深く息を吸った。


 ここで拒否すれば、

 線の外に出る。


 ここで受け入れれば、

 線の内側で、

 さらに細かく区切られる。


 どちらも、安全ではない。


 「……受けます」


 声が、

 わずかに掠れた。


 東堂は、すぐに入力する。


 カツ。


 「ありがとうございます」

 「……」

 「これは、あなたのためです」


 その言葉を、

 陽はもう、心に入れなかった。



 相談室を出た瞬間、

 足が少し震えた。


 廊下は、いつも通り。

 誰もいない。

 何も変わっていない。


 ――でも。


 今、

 自分の質問が、

 問題として記録された。


 それだけで、

 世界は確実に一段階、

 変わった。



 夜、ノートを開く。


 【言ったこと】

 ・問題ありません

 ・信頼しています

 ・受けます


 【考えたこと】

 ・質問は拒否より危険

 ・答えられない問いは封印される

 ・「整理」は方向を選ばせない


 ページの下に、

 震える字で一行を書く。


 ・質問した瞬間、線は越えていた。


 陽は、ペンを置いた。


 次に起きることは、

 もう、

 “静か”では済まない。


 その予感だけが、

 はっきりしていた。

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