第14話 「記録される音」
次の面談は、思ったより早く来た。
通知は、前回の三日後。
理由は書かれていない。
ただ、日時と場所だけが淡々と記されていた。
――経過確認。
その言葉が、もはや意味を持たないことを、
陽は直感的に理解していた。
*
第三相談室。
東堂は、いつも通りの表情で座っていた。
だが今日は、テーブルの端にタブレットが置かれている。
「こんにちは、神代くん」
「……こんにちは」
着席を促される。
「今日は、少し形式が変わります」
東堂は言った。
「記録を取りながら進めますね」
記録。
それは、
今までも取られていたはずのものを、
見える形にするという宣言だった。
「問題はありません」
陽は、先に言った。
それでも、
タブレットは起動された。
*
「最近、周囲との関係はどうですか?」
「良好です」
「不安定な兆候は?」
「ありません」
「反抗的な感情は?」
一瞬、耳を疑った。
「……ありません」
東堂は、画面に何かを入力する。
カツ、と小さな音がした。
その音が、
評価が下された合図のように聞こえた。
*
「神代くん」
東堂は、少しだけ声のトーンを変えた。
「あなたは、とても適応力が高い」
適応。
「でも」
やはり、来る。
「適応しすぎる人は、
自分の状態を見失うことがあります」
見失う。
「それを防ぐために、
今日は“確認”をします」
確認。
「あなたは、
学校のサポート体制を、
信頼していますか?」
信頼。
この質問には、
正解が一つしかない。
「……はい」
東堂は、頷き、入力する。
カツ。
*
「では」
東堂は、続けた。
「もし、そのサポートと、
あなた自身の判断が食い違った場合――」
来た。
「どちらを、優先しますか?」
部屋が、静まり返った。
これは、
今まで避けられてきた問いだ。
だが、
答えは用意されている。
「……サポートを」
そう言えば、終わる。
そう言えば、
“良い子”に戻れる。
陽は、口を開きかけて――止めた。
そして、
自分でも驚くほど、
落ち着いた声で言ってしまった。
「……それは、どこまでですか」
東堂の指が、止まった。
「……どこまで、とは?」
「どこまで食い違ったら、
自分の判断は、
“間違い”になるんですか」
沈黙。
それは、
今までで一番長い沈黙だった。
*
東堂は、ゆっくりとタブレットを伏せた。
「神代くん」
「はい」
「今の質問は、
とても高度です」
高度。
「同時に」
東堂は、言葉を選ぶ。
「今の段階では、
考えすぎを助長する恐れがあります」
考えすぎ。
「だから」
「……」
「その問いには、
今は答えません」
答えない。
その選択肢が、
こんなにも明確に示されたのは、
初めてだった。
*
「代わりに」
東堂は、タブレットを再び起動する。
「次のステップを提案します」
ステップ。
「面談の頻度を、
週二回に増やしましょう」
増やす。
「あなたの思考を、
一緒に整理していく必要があります」
整理。
「拒否は、できますか?」
陽は、聞いてしまった。
東堂は、微笑んだ。
「できます」
「……本当に?」
「ただし」
やはり、来た。
「拒否した理由は、
詳細に記録されます」
記録。
「そして、その内容によっては、
より専門的な判断が必要になります」
専門的。
「それでも、拒否しますか?」
これが、
選択だった。
*
陽は、深く息を吸った。
ここで拒否すれば、
線の外に出る。
ここで受け入れれば、
線の内側で、
さらに細かく区切られる。
どちらも、安全ではない。
「……受けます」
声が、
わずかに掠れた。
東堂は、すぐに入力する。
カツ。
「ありがとうございます」
「……」
「これは、あなたのためです」
その言葉を、
陽はもう、心に入れなかった。
*
相談室を出た瞬間、
足が少し震えた。
廊下は、いつも通り。
誰もいない。
何も変わっていない。
――でも。
今、
自分の質問が、
問題として記録された。
それだけで、
世界は確実に一段階、
変わった。
*
夜、ノートを開く。
【言ったこと】
・問題ありません
・信頼しています
・受けます
【考えたこと】
・質問は拒否より危険
・答えられない問いは封印される
・「整理」は方向を選ばせない
ページの下に、
震える字で一行を書く。
・質問した瞬間、線は越えていた。
陽は、ペンを置いた。
次に起きることは、
もう、
“静か”では済まない。
その予感だけが、
はっきりしていた。
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