第13話 「質問されない質問」

 週一回の面談は、月曜日の放課後に設定された。


 第三相談室。

 前回と同じ部屋。

 同じ椅子。

 同じ、何も貼られていない壁。


 違うのは、

 「定期」という言葉がついたことだけだ。


 「こんにちは、神代くん」


 東堂は、変わらない穏やかさで迎えた。


 「今日は、前回の続きというより、

  経過確認ですね」


 経過。


 「問題は、特にありません」

 陽は、すぐにそう言った。


 それが、最初の正解だと分かっていた。


 「そうですね」

 東堂は、あっさり頷く。

 「学校からの報告でも、

  特にトラブルはありません」


 トラブル。


 その言葉が出ると、

 会話は常に、

 “起きていないこと”の確認になる。



 「最近、困っていることは?」

 「ありません」

 「不安は?」

 「ありません」

 「迷っていることは?」


 一瞬だけ、

 間が空いた。


 「……進路、でしょうか」

 陽は、用意していた答えを出す。


 安全な話題。

 誰も傷つかない。


 「進路は、大切ですね」

 東堂は、満足そうに言う。

 「その不安は、とても健全です」


 健全。


 その単語が出た瞬間、

 会話は終了に向かう。



 「神代くん」

 東堂は、少しだけ声を柔らかくした。

 「あなたは、とても協力的です」


 協力的。


 「それは、自分のためでもあります」

 「……はい」

 「周囲との信頼関係を保つことは、

  将来にとっても重要です」


 信頼。


 陽は、机の上に置かれた自分の手を見た。


 握っていない。

 開いている。


 どちらでもない形。



 「ところで」

 東堂は、何気ない調子で言った。

 「最近、校外の人と接触はありますか?」


 来た。


 「……接触、というのは」

 「相談や、影響を受けるような会話です」


 久我の声が、脳裏に蘇る。


 ――まだ、そんな質問してる。


 「ありません」

 陽は、即答した。


 嘘だった。


 だが、

 不正解ではなかった。


 東堂は、何も書き留めない。


 「そうですか」

 「……はい」

 「なら、問題ありません」


 問題ありません。


 また、その言葉だ。



 面談は、三十分で終わった。


 内容は、ほとんど残らない。

 だが、

 「何を聞かれなかったか」

 だけは、はっきり残る。


 ――なぜ、拒否したのか。

 ――何が嫌だったのか。

 ――今、何を考えているのか。


 それらは、

 最初から、

 議題にすらならない。



 相談室を出ると、

 廊下の先に、真白がいた。


 待っていたわけじゃない。

 たまたま、という距離感。


 「……面談?」

 「うん」

 「どうだった?」

 「問題なかった」


 真白は、ほっとしたように息を吐く。


 「よかった」

 「……うん」


 その「よかった」は、

 陽のためか、

 自分の安心のためか、

 分からない。



 帰り道、

 陽は校門の前で立ち止まった。


 久我はいない。


 だが、

 久我が言った言葉だけが、

 ここには、まだ残っている。


 ――考え続けるなら、

 ――いずれ、対象外になる。


 陽は、ふと思った。


 自分は、

 いつから“対象内”であることを、

 守ろうとしている?



 夜、ノートを開く。


 【言ったこと】

 ・問題ありません

 ・困っていません

 ・接触はありません


 【考えたこと】

 ・質問されないことは安全か

 ・沈黙は同意として扱われる

 ・「問題がない」は、思考を止める言葉


 ページの端に、

 小さく書き足す。


 ・もし、本当の質問をしたら?


 その問いは、

 今までのどれよりも、

 具体的だった。


 なぜなら。


 質問するという行為そのものが、

 この場所では、

 すでに“線の外”だからだ。


 陽は、ペンを置いた。


 次に口にする言葉は、

 もう、

 “正解の練習”では済まない。


 それを、

 はっきりと理解していた。

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