第13話 「質問されない質問」
週一回の面談は、月曜日の放課後に設定された。
第三相談室。
前回と同じ部屋。
同じ椅子。
同じ、何も貼られていない壁。
違うのは、
「定期」という言葉がついたことだけだ。
「こんにちは、神代くん」
東堂は、変わらない穏やかさで迎えた。
「今日は、前回の続きというより、
経過確認ですね」
経過。
「問題は、特にありません」
陽は、すぐにそう言った。
それが、最初の正解だと分かっていた。
「そうですね」
東堂は、あっさり頷く。
「学校からの報告でも、
特にトラブルはありません」
トラブル。
その言葉が出ると、
会話は常に、
“起きていないこと”の確認になる。
*
「最近、困っていることは?」
「ありません」
「不安は?」
「ありません」
「迷っていることは?」
一瞬だけ、
間が空いた。
「……進路、でしょうか」
陽は、用意していた答えを出す。
安全な話題。
誰も傷つかない。
「進路は、大切ですね」
東堂は、満足そうに言う。
「その不安は、とても健全です」
健全。
その単語が出た瞬間、
会話は終了に向かう。
*
「神代くん」
東堂は、少しだけ声を柔らかくした。
「あなたは、とても協力的です」
協力的。
「それは、自分のためでもあります」
「……はい」
「周囲との信頼関係を保つことは、
将来にとっても重要です」
信頼。
陽は、机の上に置かれた自分の手を見た。
握っていない。
開いている。
どちらでもない形。
*
「ところで」
東堂は、何気ない調子で言った。
「最近、校外の人と接触はありますか?」
来た。
「……接触、というのは」
「相談や、影響を受けるような会話です」
久我の声が、脳裏に蘇る。
――まだ、そんな質問してる。
「ありません」
陽は、即答した。
嘘だった。
だが、
不正解ではなかった。
東堂は、何も書き留めない。
「そうですか」
「……はい」
「なら、問題ありません」
問題ありません。
また、その言葉だ。
*
面談は、三十分で終わった。
内容は、ほとんど残らない。
だが、
「何を聞かれなかったか」
だけは、はっきり残る。
――なぜ、拒否したのか。
――何が嫌だったのか。
――今、何を考えているのか。
それらは、
最初から、
議題にすらならない。
*
相談室を出ると、
廊下の先に、真白がいた。
待っていたわけじゃない。
たまたま、という距離感。
「……面談?」
「うん」
「どうだった?」
「問題なかった」
真白は、ほっとしたように息を吐く。
「よかった」
「……うん」
その「よかった」は、
陽のためか、
自分の安心のためか、
分からない。
*
帰り道、
陽は校門の前で立ち止まった。
久我はいない。
だが、
久我が言った言葉だけが、
ここには、まだ残っている。
――考え続けるなら、
――いずれ、対象外になる。
陽は、ふと思った。
自分は、
いつから“対象内”であることを、
守ろうとしている?
*
夜、ノートを開く。
【言ったこと】
・問題ありません
・困っていません
・接触はありません
【考えたこと】
・質問されないことは安全か
・沈黙は同意として扱われる
・「問題がない」は、思考を止める言葉
ページの端に、
小さく書き足す。
・もし、本当の質問をしたら?
その問いは、
今までのどれよりも、
具体的だった。
なぜなら。
質問するという行為そのものが、
この場所では、
すでに“線の外”だからだ。
陽は、ペンを置いた。
次に口にする言葉は、
もう、
“正解の練習”では済まない。
それを、
はっきりと理解していた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます