第20話 高い勉強代

 銃を撃つときには当然、視線はターゲットに向けるはず。



 つまりアントニオの目は、"私から視線が外れる"のだ。



 その隙に私は車の影に身を隠す。



 計算通り、私は今、アントニオの背後を取っている。



 あとは隠し持っていたナイフを、このクソッタレのヤクザの背中に突き立ててやればいい。



 アントニオのヤツは、私たちが素人だとタカを括り、1人で来たのが運の尽きだ。



 私の姿が見えないので、アントニオは少なからず戸惑っている。



 ヤルなら今しかない!



 私は車の影から飛び出す。



「このヤロー!」



 ナイフを逆手に持って振りかぶる。



 相手は悪党だ。ためらう理由などない。



 が、次の瞬間、アントニオは振り返る。

 まるで初めからそうすると決めていたかのように、滑らかな動きだった。

 軽やかに身を翻すと、いとも容易く私の攻撃をかわす。



 思ってもいない行動に、私の体は対応できなかった。勢い余って、埃っぽいコンクリートの床の上に倒れる。



 汗だくの体が砂埃まみれだ。



 立ちあがろうとナイフを持った手を床についた、そのときだ。

 すかさずサンダルを履いたアントニオの足が、私の手を踏みつけた。



「いい考えだったが、所詮は素人だな」



 タバコの火をもみ消すように、私の手を踏みにじる。たまらず手からナイフを離してしまう。



 私は反対の手でナイフを拾おうするが、お見通しだったようだ。



 アントニオはナイフを蹴り飛ばす。

 無理やり私を仰向けにすると、体をまさぐった。

 他に何かを隠し持っていないかを確認しているのだ。何もないとわかると、アントニオは少し意外そうな表情をした。



「おいおい、エモノはあれだけかよ。拍子抜けだな。俺を殺す気なら、もっと武器を仕込んでおけよ」



 楽しげに笑うと、アントニオは銃口を私に向けた。

 弾丸を発射したばかりのサイレンサーからは、微かに熱気が伝わってくる。



 銃口は、まさに私の目と鼻の先にあった。



「さて。飼い主の手を噛んだ野良猫がどうなるのか、覚悟はできてるんだろうな?」



「飼い主がいるのに野良猫? お前、頭悪いだろ?」



 アントニオは白い歯を見せた。



「いいねえ。この期に及んで憎まれ口を叩けるとは大したもんだ」



「さっさとやれよ、クズヤローが!」



「人のこと言えんのか? お前も相当なクズじゃねえか」



 アントニオは少し離れたところに転がる肉の塊に向かって顎をしゃくった。



「童貞くんに甘い言葉を囁いて手懐けて、挙げ句にまんまと囮に仕立て上げたクセによ。

 仕掛けた盗聴器で聞いていて、こっちが恥ずかしくなったぜ」



 それに、とアントニオはポケットからビニール袋を取り出す。そこにはタバコの吸い殻がある。

 アントニオが吸っているものとは、別の銘柄だ。


「これ、あのガキに吸わせたタバコだろ? 万が一のために、アイツにも罪を着せようとしてたってわけだ。

 まったくとんだ性悪女だよ、お前は」



 そう言って拳銃をズボンにしまうと、私の前にしゃがみ込む。



「お前、俺の『蝶』にならねぇか?」



「蝶?」



「そうだ。うちじゃ、飼ってる女たちのことを『蝶』って呼んでんだ。組長おやじのアイデアでな。

 女が色んな男に乗り換える様は、まるで花から花へ移動する蝶みたいだってな」



 確か、私がリヒトに盛られた薬の名前も「バタフライ」だったはずだ。



 ヤクザって生き物は、よほど蝶が好きと見える。



「くだらない。結局、女を喰い物にして、用が済んだら捨てるんだろうが」



「なら、今ここで死ぬか?」



 答えを聞くまでもなかったのだろう。

 アントニオは立ち上がる。



「次は運び屋をやってもらう。簡単な仕事だ」



 私に選択肢はない。



「1つ、いいことを教えといてやる」



 思い切り腹を蹴られた。

 背中に突き抜けるような痛みが走る。



「人を襲うときは、声を出さずにそっと近づけ。

『クソヤロー!』なんて叫びながらつっこんだ、相手に『今から襲います』って教えてるようなもんだからな」



 わかったか? と私のオデコを叩くと踵を返す。



「また連絡する」



 アントニオは車に乗って行ってしまう。



 数日後、自宅の郵便受けに私宛の手紙が入っていた。



《運び屋をやってもらう》



 簡素な手紙に最後に、住所が書かれていた。

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