第18話 冥土の土産に

 ようやくリヒトの遺体を埋め終わった私は、車に戻ってエアコンをつける。

 最大風力すると、汗ばんで体に当たって心地良い。



 私は山に来る途中で買ったタバコに火をつける。



「タバコ、吸うのか?」



「まあね」



 そう言って煙を肺に吸い込む。すると私は派手にむせ返るのだった。



 頭がクラクラする。



 運転席で、蓮からカラカラと笑っていた。



「なんだよ、吸ったことないんだったら無理すんなよ」



「中学のとき……は、吸ってたのよ……」



 そのときも今日と同じように咳が止まらなくてやめたのだった。



「アンタも吸いなさいよ」



「俺は──」



 無言でタバコを差し出すと、蓮は「しょうがねえなあ」と一本指に挟む。所作がぎこちない。



 火をつけてやると、勢い良く吸い込む。が、案の定、蓮も私と同じで咳き込むのだった。



「情けないわね」



 私は余裕ぶってタバコを吹かす。

 うまいとは思えないが、それでも一口目よりはやや体が慣れてきたようだった。

 めまいもしなくなっている。



「俺はダメだ! こんなモン吸うヤツの気がしれねえよ!」



 蓮は車の灰皿に押し付けた。



 今時珍しい喫煙車にしておいて良かったな、と私は心の中でつぶやいた。



「ところでさぁ」



 私は窓の隙間にタバコを差し込んで灰を落とす。



「言っとくが、もう吸わねえからな」



「そうじゃなくて──そっちは誰を殺してもらったの?」



 助手席に座った私は、前向いたままそう言った。

 少し開けた窓の隙間から、煙が逃げていく。



 車から吹き出すエアコンの音が、静かな車内に響き渡る。



「別に言いたくないならいいけど」



 私はペットボトルの水を喉に流し込む。すっかり生ぬるくなっていた。



「クソ親父だよ」



 横目で運転席を見ると、蓮もまた正面を見ていた。彼の横顔には、怒りが張り付いている。



「お袋を風俗で働かせて、自分は博打に女に酒だ。で、帰って来たら俺やお袋を殴るんだ」



 私は「ハハハ」と、カラ笑いをした。



「私んトコのクズヤローといい勝負だな」



「こっち方がクソだ。

 他に女を作って妊娠させやがったんだからな。

 おまけにお袋には風俗店から前借りさせて、自分は呑気に呑んだくれやがって!」



「ウチのは娘の臓器を売るなんてのたまってたよ。高く売れるんだってさ」



 視線を感じたので横を見ると、蓮が私を見つめていた。



「なに?」



「俺んところのクソもアンタのトコのクズヤローも、死んで当然の人間だ。そうだろ?」



 蓮の言葉はまるで、自分に言い聞かせているようだった。実際に、そうだったのかもしれない。



 だから私も自分のために言った。



「そう。アイツらは死んで当然よ。いない方が世のためだったんだよ」



「だよな。そうなんだよ。俺たちは自分の家族を守るために、それから世の中のためにやったんだ」



 私は水を飲み干すと、タバコを灰皿の端に置く。そして空になったペットボトルを握りつぶした。クシャクシャになったペットボトルをダッシュボードに投げ捨てる。



「ねえ?」



「ん?」



「そっちに行っていい?」



「え?」



 返事を待たずに私は運転席へと移動した。



 蓮の膝にまたがるように座る。私たちは狭い運転席で、向き合うような格好になった。



「汗臭い?」



「そ、そんなことはねぇけど……」



 不意に、唇を重ねる。



 蓮は少し、震えていた。



「もしかして、女、知らないの?」



「そ、そんなわけねぇだろうが!」



「そう。だったらいいよね? それともこんな汚れた女は嫌?」



「嫌じゃねぇよ。てか、俺だってアンタに負けねぇくらいに汚れてるし……」



「『アンタ』じゃなくて、名前で呼んでよ。綾って」



「あ、綾……」



「蓮」



 私はタンクトップを脱ぎ捨て、すぐさま蓮のシャツを剥ぎ取る。



 汗と土にまみれた私たちは、獣のように互いの体を弄り合う。


 陳腐な言い方をするのなら、これはきっと吊り橋効果というヤツなのだろう。

 吊り橋を渡る時のドキドキ感は、恋愛した時の胸の高鳴りだと勘違いさせるらしい。



「私、怖いよ……」



 蓮の胸に顔を埋める。



「もしもうまく行かなかったら、きっと私たちは殺される。私は、娘を残して死ねない……」



「大丈夫だ。俺が守ってやるよ。何をしてでもな」



「蓮……」



 再び蓮と唇を重ねる。



 たぶん、蓮が思っているよりもずっと汚れた女だ。



 私は抱かれながら、視線は灰皿の中の吸い殻に注がれているのだった──。

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