第17話 お人好しの別名は「馬鹿」

「ちょっと休め。まだ薬が聞いてんだろ?」



 蓮は額の汗を殴った。



 私たちが今いるのは人里離れた山の中だ。



 ほとんど人の手が入った形跡が見られない山なのだ、街頭などあるはずもない。私たちを照らすのは車のヘッドライトと、ときおり雲の中に隠れてしまう月明かりだけが頼りだった。



 こんな山の中で私たちは何をやっているとかというと、ホームセンターで買って来たスコップで穴を掘り進めているのだ。



 そしてなんのための穴なのか、端的に表現すると墓穴。

 つまりリヒトの遺体を埋めるために汗だくで掘っているわけだ。



 私は息を弾ませ、生唾を飲み込む。だが、粘ついた口内は、粘ついた唾液では潤るおわない。



「強がるなって。しばらく休め」



 もう一度促され、素直に従うことにした。



「言葉に甘えさせてもらうよ……」



 1メートルほどの深さまで掘ったところで、私は穴から這い出す。手足が痺れているのは、バタフライのせいだけでなく、初めての肉体労働のせいでもある。

 そのため、穴から出るのに四苦八苦した挙句、終いには蓮に尻を押してもらう羽目になった。



 情けない限りだ……。



 自分には思いの外体力がないのと、穴を掘るのは意外と重労働である──私はこの2点を身をもって学んだ。



 おまけに掘れば掘るほど木の根っこが出て来て、どんどんスコップが入らなくなる。

 ただでさえ非力なのに加え、わずかながらも薬の効果が抜け切れていない私は、完全に足手まといになっていたようだ。



 穴の中で1人になると、蓮はテンポ良く掘り進めていくのだった。



 私は少し湿り気を帯びた地べたに腰を下ろす。木にもたれながらペットボトルの水を口に含んだ。



「なあ、本当にこれでうまく行くのかよ」



 蓮は穴を掘りながら、独り言のように呟いた。

 それを受けて私は「うまく行かせるしかないないんだって」と応じる。



 だよな、と言って蓮は体を起こすと、腰を伸ばした。若いといっても、やはり疲労は誤魔化せない。

 首にかけたタオルで汗を拭きながら、私を見る。


「それにしても、アントニオを脅そうなんてとんでもないことを考える女だよ、アンタは」


「目には目を、歯には歯って奴よ。

 向こうが私たちの犯罪をネタに強請るってんなら、こっちだって組長にチクるぞって脅してやるの」



「でもさ、組長が信じなかったらどうすんだよ。

 アントニオは絶対に、そんなことは言ってねえってシラを切らるぞ。

 そうなったら終わりじゃね?」



 私はスマートフォンの録音を再生する。



《お前たちには、ウチの親父の愛人を始末してもらう》



 蓮は目を丸くする。



「いつの間に録音してたんだよ」



「あんな怪しげなところに呼び出されたんだよ。何かのためにっておくでしょ、普通」



 続けて私はポケットからビニール袋を取り出す。中にはタバコの吸い殻が入ってる。



「それってまさか!?」



「アントニオが吸ったタバコ。

 これをこのへんに捨てておくけば、万が一、警察に遺体が見つかったとするでしょ?

 警察は当然、遺体の身元を確認する。

 そして遺体が組長の愛人だとわかれば、当然に阿座三会の人間が怪しまれるはずよ」



「遺体のそばにアントニオの唾液がついたタバコの吸い殻があれば──」



「警察はアントニオを容疑者として扱うでしょうね」

 


 蓮は素直に驚いている様子だ。



 眉を上げて頭を振っている。

 恐れ入った、とでも言いたげな仕草だ。



「巻き込んじまった俺が言うのもなんだけどさあ」



 蓮は穴掘りを再開しながら、しみじみと言った。



「そんだけ頭がいいのに、なんでこんなことになっちまったんだよ。

 もっと他に道はあったんじゃねえのかよ」



「頭なんて良くないよ。

 買い被りすぎ。

 それに本当に利口な女なら、ここでアンタと遺体を埋めるために山で穴掘りなんてしてないって。

 正真正銘の馬鹿なのよ。私って女は」



 謙遜でもなんでもなく、私が「馬鹿」なのは本心からの言葉だ。



 一体、どこで間違ったのだろう。

 やはり家出をした15のときか。それとも親父に犯されそうになったあの日からか──



 ふと我に返ると、蓮は手を止めて私を見た。

 どういうわけか、不機嫌な表情をしている。



「何? 何かご不満なわけ?」



「何言ってんだよ、アンタは馬鹿なんかじゃねえよ!」



 笑うしかない。



「アンタって、ほんと馬鹿だね。救いようがないわ」



「なっ!? あのなぁ、俺はアンタを褒めてんだぞ! それなのになんで馬鹿って言われなきゃなんねぇんだよ!」



「はいはい。わかったわよ、ありがとね」



 私はスコップを持って穴に入る。休憩したおかげで、さっきよりも体が動きやすくなっていた。



「無駄口叩いてないで、さっさと終わらせるわよ」



 隣で蓮は、なんなんだよ、不貞腐れている。



 私はまるで駄々っ子を見る母親のような気持ちで、頬を持ち上げるのだった。

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