第16話 猫だって飼い主の手を噛むんだよ!

「馬鹿! 馬鹿! 馬鹿!」



 ようやくシャンパンに仕込まれた「バタフライ」の効果が切れたようだった。

 体が動くようになった私は、運転席の蓮の二の腕に何度もパンチを浴びせる。



「ヤクザの愛人をりやがって! 私が殺されたらお前のせいだからな!」



 ハンドルを握る蓮は、体をよじりながら唾を飛ばす。



「危ねぇだろうが! 運転中だぞ!」



「知るか! どっちみち私たちはアントニオに殺されるんだ!

 そうじゃなきゃ愛人を殺された組長やあの狐目の奴に始末される。

 ここで交通事故死しても同じでしょうが!」



「悪かったよ……」



 蓮は真っ直ぐに前を見つめている。



 車のタイヤがアスファルトを蹴る音に、かき消されてしまいそうなくらいの消え入りそうな声だった。



「ベランダから様子を見てたら、アンタがヤバそうな状況になってんのが見えたんだ。

 そんで気がついたら飛び込んでたんだよ」



「だからって殺す必要はなかったでしょうが。

 気絶されるとか、拘束するとはあったでしょ!」



「だから悪かったって、言ってるだろ。反省してる。勘弁してくれ」



 うなだれる蓮を見て、次第に怒りが萎えてくる。私はシートに体を押し付けた。



「こっちこそごめん、言い過ぎた。

 アンタが来てくれなかったら、私は殺されてたわけだから──助かった。ありがとう」



 蓮は「フッ」と短く笑うと、車を路肩に寄せて停止させた。



「何? 小便でもするわけ? 立ちションなんてやめてよ。職質されたら厄介だからさ」



「降りろ」



「はあ?」



「アントニオのところには、俺1人で行く」



「何言ってんの!?」



「そんで『アレ』を届けたら、足を洗わせてもらえるよう土下座してくる」



 蓮が言った『アレ』とは、ワゴン車の後ろの道具箱の中の遺体を指しているのだろう。



 私は鼻を鳴らした。



「アンタはどこまで馬鹿なのよ」



「ああ。俺は馬鹿だ。馬鹿だからこんなことにアンタを巻き込んじまったんだ。お詫びに、俺が責任取るって言ってんだよ」



 この鷹端蓮は、良くも悪くも「純粋」なのだ。

 それはまだ20歳という年齢のせいなのか、生まれ持った気質なのかはわからない。



 だが、少なくともこの数日間、行動を共にした限りでは、私を騙して自分だけ助かろうなどといった計算ができるタイプではないように感じる。



 私を逃して自分だけアントニオのところに行く、という言葉は本心から出たものなのだろう。



「本当に馬鹿だね、アンタは」



「何度も馬鹿馬鹿って言うな。終いには怒るぞ」



 私はしばらく考えた後、意を決して口を開く。



「ちょっと寄って欲しいところがあるんだけど」



「なんだよ。小便か?」



「違うわよ」



 私は運転席に顔を向ける。



「反撃してやるのよ」



「なんだって!?」



「向こうは、こっちは手も足も出ないって油断してるはず。そこを突いてやるのよ。野良猫だって、手を噛むんだってところを見せてやろうじゃない」

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