第11話 これではまるで容疑者だ

 くそ!


 くそ!


 くそ!



 竜司が死ねば、全て終わるはずだったのに!



 これでようやく、地獄から抜け出せると思ってたのに!



 それがどうだ。



 地獄から抜け出せるどころか、むしろ状況が悪化してしまっている。

 これならまだ、竜司になぶられていたころの方がマシだった。



 マンスリーマンションを出てアパートを借り、これから新たな生活をしようとしていた矢先だっていうのに!



 クソッタレが!



 どうにかして、この困難から脱しないと。さもなければこのままズルズルとドツボにハマってしまう。



 どうすればいいんだ……。



 答えが見つからないまま、私は新しい住処であるアパートに戻って来てしまったのだった。



 するとアパートの前に、見知った顔の男がいる。



 私は全身に緊張が走ったのを自覚する。



 竜司が殺されたと告げに来た刑事だ。



 確か名前は実浦みうらと言ったはずだ。片割れの葉隅はすみは見当たらない。



 刑事は単独行動はしない──ドラマか何かで言っていた。

 葉隅はどこかに行ってるのか、それとも1人で行動しなければならない理由でもあるのか──



 などと思考を巡らせていたら、実浦が私を見つけたようだ。



 初老の刑事は軽く会釈をすると、小走りにこちらへとやって来る。



「どうも。お家にうかがったら、お母さんからスーパーに行っておられると聞いたものでね。自宅の前で待っていたんですよ」



 実浦の奥まった目が素早く私の全身を見回す。



「手ぶらのようですが、食材の買い出しにスーパーへいったのでは?

 それともどこか別のところへ行っておられたんですか?」



「スーパーまで行ったけど、財布を忘れたんで取りに戻って来たのよ。悪い?」



 実浦は目尻に皺を刻み、「いえいえ」と顔の前で手を振った。

 一見すると笑顔だが、決して目は笑っていない。



「スーパーはここから歩いて15分ほどですよね? それにしてはずいぶんと長い時間、お出かけになってたようですね」



 私はムッとする。



「これは何!?」



 無意識のうちに声が大きくなる。



「尋問してんの!? 言っとくけど私には、ちゃんとしたアリバイがあるんだからね!」



 私の棘のある言い方に、実浦は「別に深い意味はないんですよ」と、顔に皺を刻んだまま答える。



「袴田竜司さんが殺害された時間は、お母さんと娘さんの3人で商業施設におられた。その確認は取れてますから」



「じゃ、何しに来たのよ」



「捜査の進捗状況をご報告を思いまして。こうしてご自宅までうかがった次第なんですよ」



「で、犯人は見つかったの?」



「いえ、残念ながら手がかりがなくて、捜査に進展はありません」



「そんなことを言いに、わざわざ来たの? 警察ってずいぶん暇なのね」



 私の嫌味に、実浦は頭に手を置いた。



「お怒りはごもっともです。こちらとしましても、全力をあげて捜査してるんでるんですが、なかなか難しくて。

 そこでアナタにもう一度、事件があった日、何か気がついたことはなかったとお聞きしようと思いまして」



 私は今、自分が思っている以上に、良くない状況に置かれているのだと悟った。



 捜査の進捗状況を伝えに来たと言ったにも関わらず、結局、この老獪な刑事は、こちらには何も伝えていない。

 何より、進捗状況を伝える程度なら、電話で事足りる。何より、私でなくとも母に伝言を頼めばいい。

 おそらく、気づいたことはないかと聞きに来たと言ったのは言い訳だ。きっと私の様子を見に来たに違いない。



 つまり、この刑事は私を疑っている。



 そしてそのことを隠そうとしていない。むしろ疑っていると匂わせて、こちらがボロを出すのを待っているのかもしれない。


 まさか私が直接手を下したとは思ってはいないだろうが、少なくとも事件に関する「何か」を知っていると睨んでいるはずだ。



 注意して答えないと。



 私は実浦から目を逸らす。刑事を直視すると、何かを探られそうな気がしたからだ。



「何も覚えてることはないし、変わったこともなかったわ。それは以前にも話したはずだけど」



「ですね。しかし往々にして時間が経つと何か思い出すことも──」



「用がすんだのなら、私はこれで失礼するわ。財布を取りに行って、またスーパーに行かなきゃなんで」



 私がアパートへ向かおうとしたら、「最後によろしいですか」と呼び止められる。



 なんなんだよ、一体!



 うんざりした気分で振り返る。実浦は名刺を差し出していた。



「事件に関することで何か思い出したことがあったら、いつでも連絡してください」



 それから、と実浦は付け加える。

 まるで子供に言い含めるような口調だった。



「何かトラブルに巻き込まれた時も、ぜひ相談してください」



 私の背中に、じんわりと汗がにじむ。



 どうしてそんなことを言うんだ?



 何か知ってるのか?



 いや、そんなはずはない。



 廃工場に行くときには、誰かに尾行されていないかと細心の注意を払った。

 念のため、敷地内を一周して、不審なヤツがいないかも確認したのだ。



 私がふんだくるようにして名刺を受け取ると、実浦は「それでは」と言って帰って行った。



「綾」



 振り返ると、母が心配そうに私を見ていた。その足元には、娘の日向がいる。



「どうかしたの? 刑事さん、また綾に話を聞きたいって言ってたけど」



「もう終わったよ」



 ぶっきら棒にそう言うと、足早にアパートへ向かう。



 私は無性にイラ立っていた。

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