第10話 救いようのない男と嫌な女
指定された場所は、廃墟と化した工場だった。
敷地は金網フェンスに囲まれている。「関係者以外立ち入り禁止」と書かれた看板は外れかかっていて、時々吹く風に揺られていた。
私と蓮は金網フェンスに沿って歩いて行く。
しばらくすると、金網フェンスがやぶれていて、人が通れるほどの大きな穴が空いていた。
私たちはフェンスの穴をくぐって敷地内に入る。
そこからさらに歩いて行くと、コンクリートの塊のような建物が見えて来た。
やけに埃っぽい工場の中に入ると、だだっ広いスペースがあり、男が立っている。
男は私たちの姿を認めると、「よう」と軽快に手を上げた。
まるで友人と待ち合わせをしているような気軽さだ。
「鷹端蓮くんと、折原綾ちゃんだな」
真っ白な麻のシャツにチノパン。足元はサンダルを履いている。ここがハワイなら、さぞかし様になったのだろうが、寂れた廃工場跡とあっては、違和感しかない。
男の長めの黒髪は、細かく波打っている。パーマを当てているのか、それとも天然なのかは、私には判断がつかなかった。
南米の血が入っているのだろうと思わせる顔立ちをしているものの、少なくとも日本語に訛りは感じない。
「俺はアントニオ
私たちが険しい表情を浮かべたままなのを見て、アントニオと名乗った男は自らのガッチリとした肩を上下に揺すった。
「まあまあ、そんなに警戒すんなよ。これから長い付き合いになるかもしれないんだからな」
「こっちはアンタと仲良くするつもりなんてないけどね」
私がそう言うと、アントニオはヒューと口笛を吹いた。
「いいねぇ、気が強い女は嫌いじゃない。だけどな、お嬢ちゃん。あまり生意気な口を聞かない方がいい。
俺たちがその気になりゃあ、お嬢ちゃんの娘や母親を拉致って変態野郎に売り飛ばすことなんて簡単なんだからな」
「だったらこっちは警察に駆け込むまでよ」
アントニオはまた肩を揺すった。
「イキがるなって。勝ち目がないのはわかってんだろ?」
スマートフォンの画面をこちらに向けた。動画を見せたいらしい。
離れた場所だが、スマートフォンには何が録画されているのかわかった。
私と肩に蝶のタトゥーの女が揉み合っている場面だ。
「これ以外にも、お嬢ちゃんが被ってた帽子やジャージがある。
タップリとお嬢ちゃんの毛髪は皮脂がついてるんだろうなぁ」
それに、とアントニオは続けた。
「遺体の爪には、お嬢ちゃんの皮膚が挟まってるよな?」
隣で、チッ! と舌打ちが聞こえた。
蓮だ。
言わんこっちゃない、とでも言いたかったのだろう。
「言っておくが、そっちのお兄ちゃんがやった『仕事』の証拠も、ちゃんと保管してるからな。
いつでも
私たちがぐうの音も出ないのを確認すると、アントニオは麻のシャツの胸ポケットに手をやる。
「さて、納得できたんならここからが本題だ」
アントニオは胸ポケットから取り出したタバコに火をつける。
甘い香りがした。
「お前たちには、ウチのオヤジの愛人を始末してもらう」
アントニオは煙を吐き出す。まるでため息をついたように見えたのは、あながち的外れではなかったのだろう。
「オヤジのヤツ、何をトチ狂ったのか、ゆくゆくは組の金を愛人に譲るなんて言い出したんだ。あの色ボケジジイが!」
どうやら「親父」というのは父親ではなく、「組長」を指しているらしい。
「で、これがお前らが始末する愛人だ」
アントニオは尻のポケットから写真を取り出し、私たちに向かって投げた。
ひび割れたコンクリートの床に落ちた写真を、私は拾い上げる。
「この人って──」
私の言わんとしていることを素早く察したアントニオは、タバコを持っていない方の手の親指を立てる。
「親父はこっちもイケる口でな。「いわゆる『両刀使い』ってヤツだ」
写真に写っているのは、色白の細身の男だった。
私は頭の中に「可憐」という言葉が浮かんだ。美少年と言って差し支えないだろう。
「あの……」
これまでずっと黙っていた蓮が、ためらいがちに口を開く。
「この仕事が終わったら、俺たちを解放してくれるんですか?」
「そうだな。きっちり終えられたら、考えてやってもいいぜ」
私は隣にいる金髪の男を横目で見ながら鼻白む。
蓮は小さく「よし!」と呟いて拳を握っていた。
コイツは、救いようのない大馬鹿だ……。
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