第12話 馬鹿とハサミは

「もしかして、なんか怒ってんのか?」



 蓮は車を運転しながら、助手席で膝を抱えてうずくまっている私を見た。

 この日、まだ蓮とは一言も口を聞いていない。

 無論、相変わらず能天気な馬鹿と話をするのが腹立たしかったからだ。



「まあ、完璧にこなせば、これで無罪放免なんだ。頑張ろうぜ」



 どこまでおめでたいオツムをしているのだろう。

 この状況を鑑みて、どうしてこのまま自由になれるという考えに至るんだ。

 この金髪男の思考は、完全に私の理解の外側にあると言わざるを得ない。



 蓮は「あっ!」と声を上げてハンドルを叩いた。



「ひょっとしたら、いい仕事をしたら幾らかもらえるんじゃね? アンタはどう思う?」



 マジか、コイツ……。



 脳みそにウジで湧いてるとしか思えない。



「アンタ、歳いくつ?」



 私が急に口を開いたので、一瞬だけ奇妙な間が空く。だがそれは戸惑いではなくて、ホッとしたような安堵の雰囲気だ。



 蓮の声のトーンが少し明るくなっていた。



「俺? 俺は二十歳はたちだけど」



 若いとは思っていたが、ガキじゃないか……。



 そして頭の方は決して褒められたものではない。



「アンタ、本気でこの『仕事』が終わったら、解放されると思ってんの?」



 信号が赤になったため、蓮は車を停める。体ごと助手席の方に向けた。



「アイツ──アントニオってヤツだっけ? 解放してやるって言ってたじゃねぇか」



 呆れてため息も出ない。



 どうやら蓮は、典型的な楽観脳の持ち主のようである。

 この手のタイプは、聞きたいことだけを聞き、なおかつ自分の都合のいいように記憶を捻じ曲げてしまいがちだ。



「馬っ鹿じゃない」



「あぁ!?」



「組長の愛人を殺した私たちを、ヤクザがむざむざと生かしておくわけないじゃない」



「なんだって!?」



 おそらく『仕事』を終えた私たちを殺し、遺体を組長に差し出すのではないか。

 自分の点数稼ぎができ、邪魔な愛人も始末できる。まさに一石二鳥だ。



「てことは──これが終わったら殺されるってことか!?」



 私はそれには答えず、黙って前方に向かって顎をしゃくる。



 信号が変わったからだ。



 蓮は慌てて車を走らせる。車がスピードに乗るまで待ってから、言葉を絞り出す。



「じゃ……このままトンズラするか……」



「逃すわけないでしょ。何せ私たちは、アントニオの悪事を知ってるんだから──」



 能天気金髪男は、ようやく私たちにとって深刻であるのかを理解したらしい。



「じゃあ、どうすりゃあいいんだよ!」



 頭をかきむしっている。



「警察に駆け込んだらムショ行きだろ?

 だからって『仕事』をやり遂げても、逃げても殺されるって……もう俺たちはどっちに転んだって詰みじゃねえか」



 蓮は私の方を見て「聞いてんのかよ!」と声を荒げる。

 私が上の空に見えたからだろう。

 だが、実際には何も考えていないどころか、私の脳はフル回転していたのだ。



 そしてあるアイデアが浮かんだのだった。



「ねえ」



 一筋の光が差した気がした。



「なんだよ!」



「愛人を仲間に引き込むってのはどう?」



「は? 何言ってんだよ」



「いい? 私たちはアントニオの悪巧みを知ってる。それはつまり、アイツの弱味でもあるわけよ」



 蓮は要領を得ていないようだ。ハンドルを握りながら、首を傾げている。



「愛人に教えてやるのよ。『アントニオっていうヤクザがアンタを殺そうとしている』ってね」



「そんなことして大丈夫なのかよ。俺たちが殺し屋だとバレたら、その場で始末されちまわねぇのかよ」



「かもね」



「かもねって……お前!」



「じゃ、他に何か名案があるわけ? 拝聴しようじゃないの」



「それは……」



「愛人から組長に話してもらえるよう頼むの。うまくやれれば、始末されるのは私たちじゃなくて、アントニオの方かもね」



 ようやく理解できたらしい蓮は「なるほど!」とハンドルを叩いた。



「アンタ、頭良いな!」



 鼻歌を歌い始めた蓮を尻目に、私は窓の外へと目を向ける。



 この子は本当に馬鹿だね……。



 窓ガラスには、虚な目をした性悪な女の顔が映っていた。

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