第14話 私は甘ちゃんだ……

「どう? 動けないでしょ?」



 倒れた私の顔を、リヒトは覗き込んで来た。



 狂気じみた笑顔にゾッとする。



 叫ぼうにも声が出ない。

 のまされた薬は声帯まで痺れさせるようだ。

 体の中で唯一自由が許されているのは両目だけなので、この状況から抜け出す手立てはないかと必死に視線を巡らせる。



 そんな私の姿が滑稽だったらしい。



 リヒトは押し殺したようにクツクツと笑った。


「すごいでしょ?

 お姉さんが飲んだのはね、『バタフライ』っていう麻薬の一種なんだよ。

 ヤクザが使う薬でね、これを飲ませて動けなくして、『イタズラ』をするんだ」



 リヒトはそっと私の頬を撫でる。彼の手は驚くほど冷たかった。



「僕もよく『バタフライ』を飲まされるんだ。

 組長は抵抗できない僕を弄ぶのが好きなんだって」



 さて、と言ってしゃがみ込んで私の顔を覗き込んでいたリヒトは、ゆっくりと体を起こす。



 もったいぶった態度はまるで、ここからが本当のお楽しみだね、そう言いたげなに見えた。



「それじゃ、ここだと部屋を汚しちゃうから、隣の部屋に移すね」



 私の両手を持つと、そのまま引きずって行く。



「ふぅ。お姉さん、結構重いんだね」



 連れて行かれた部屋は、スイートルームだけあってかなりの広さがあった。

 ただ、私の視界に入る範囲には、家具類などは一切見当たらない。

 代わりに床と壁にはビニール袋が敷き詰められいるのだった。



「ねえ、お姉さんは『お医者さんごっこ』って好き?」



 リヒトの手に、光ものがあった。



 注射器だ。



「僕はね、生きた人間を解剖するのが大好きなんだ。

 だから月に一回、お姉さんみたいな人を呼んでもらって、オペをしてるってわけ。

 もちろんお店の人は了解済みだよ。

 捜索願いとか出されないように、訳アリな女の人を派遣してもらってるんだ」



 でもね、と笑う。屈託のない様子がますます不気味だった。



「その前に、『バタフライ』を注射しておくね。

 飲むだけだと、すぐに動けるようになっちゃうんだよ。

 でも注射しておけば、2時間は動けないんだ」



 私は唯一動く目でリヒトを追う。



 ゆっくりと近づいて来る。



 やめて!



 やめてくれ!



 私は猛烈に後悔していた。



 考えが甘かった。



 どうして愛人がまともな人間だと思ったのだろう。



 ヤクザに飼われてるヤツなんだから、異常者かもしれないと怪しむべきだったのだ。



 話し合いに応じるような人間ではない可能性を、なぜ頭に入れておかなかったんだ!



 リヒトが手に持っている注射針が近づいて来る。



 クソ!



 私はこんなところで死ぬのか……。



 日向、母さん……ごめんなさい……。

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