第13話 クズはクズ

「まさか私がこんなモンを着る羽目になるなんて……」



 ここはホテルの駐車場だ。



 車から降りると、私は改めて自分の格好を見る。思わず悪態が口を突いて出る。



「こんな格好で人前に出ないといけないなんて……まるで罰ゲーム以外のなにものでもないよ……」



 タイトなワンピースで、気を抜いたら胸が顕になりそうだ。いや、その前に背中が破れてしまうかも知れない。それほど薄い生地だ。おまけにスカートには、足の付け根辺りまでスリットが入っている。



「なかなか似合ってるな」



 蓮は作業着に着替えながら、ヘラヘラと笑っている。



 私はニラみつけた。



「ふざけんな! このガキ! ぶっ飛ばすぞ!」



 なぜこんな格好をしているのかというと、私はホテトル嬢役だからだ。



 組長の愛人が泊まっているホテルに行き、飲み物に睡眠薬を入れて眠らせ、殺害する。

 その後、清掃員を装い、隣の部屋で待機している蓮が遺体を回収する──これがアントニオから言われた計画だ。



 なかなかいい妙案だろ? とヤクザは悦に入っていた。



《愛人は『ノンケ』なんだ。

 なのに毎日ジジイのおぞましいモノを咥えさせられてるからな。

 たまにはストレス発散させてるってわけだ。

 まっ、相手は優男だ。眠らせちまえば簡単だろ?》



 アントニオは笑っていたが、私にはもっと違う種類の、それでいてこの計画の根幹に関わる大きな問題があったのだった。



「もしも、もしもだよ? 愛人が私のことを気に入らなかったらどうなるわけ?」



 蓮は少し視線を持ち上げて考えると、肩をすくめた。


 さあな、といったところか。



 ホテトルには「チェンジ」というシステムがあるらしい。

 早い話、呼んだ女が好みではなかった場合、別の女を呼べるわけだ。



 アントニオはにべもなく《なんとかしろ》と言い放っていた。



 なんとかなるのかよ……。



「頑張ってくれよ。愛人を仲間に引き込めるかどうかは、アンタにかかってるんだからな」



 蓮はこちらも見ずに、掃除道具を入れた箱を台車に積んでいる。



 どいつもコイツも、他人事だと思って勝手を言いやがって!



 だが、ここまできたのならジタバタしてしょうがない。もう覚悟を決めるしかないのだ。



 私たちには、愛人を味方につける以外に生き残る方法はない。



 頬を軽く叩くと、私は煌々と光を放つ高級ホテルに向かって歩き出す。

 慣れないハイヒールは、歩きにくくて仕方がなかった。



「じゃ、俺はこっちだから」



 清掃員役の蓮は裏口に向かう。



 対して私は正面の入り口ならホテルに入る。

 客や従業員の視線を感じるのは自意識過剰か。



 私たちはフロントをは通りして、エレベーターに乗る。愛人の部屋は最上階で、超がつくスイートルームだ。



 組長の愛人とは言え、ここまでの好待遇とは驚きだ。

 だが、それだけ組長は愛人に夢中だというわけなのだろう。

 万が一機嫌を損ねてしまうと組長の逆鱗に触れる恐れがある。そのため組員たちは、愛人に頭が上がらないらしい。わがままを言われても従うしかないそうだ。



《愛人の穴は、よほど具合がいいんだろうな。いや、親父は『猫』の方かな》



 アントニオはそう言って下品に笑っていた。



 エレベーターのドアが開くと、私は思わず息を呑む。



 廊下には一目でカタギではないとわかる、黒スーツと柄シャツを着た男たち数人が陣取っていたからだ。



 何も聞いていなかったら、エレベーターのドアが開いた瞬間に、慌てて「閉」のボタンを押して引き返すところだろう。



 一瞬怯んだものの、私はエレベーターを出て愛人がいる部屋に行く。ドアの前に立ってノックしよと拳を作る。



「待て」


 

 黒スーツの男だ。



 銀縁メガネの奥にある切れ長の狐目が、私を射抜くように見ている。



「まずはボディチェックさせてもらいますよ。何かあったら困るんでね」



 なるほど。



 この強面の男たちは愛人のボディガード兼、逃げ出さないための見張り役でもあるわけだ。



 愛人に逃げられでもしたら、この男たちはタダではすまないだろう。否が応でも神経質にならざるを得ないわけだ。



 入念に体を弄られ、ハンドバッグの中まで調べられた。

 男たちにタップリと体を触られ、嫌らしい視線を向けられている間、清掃員に扮した蓮が隣の部屋に入ったのを目の端で捉えた。



 全員が私に注目していた上に、蓮は従業員専用のエレベーターを使用しているため、男たちは注意を向けることがなかったようだ。



 しつこいほどのボディチェックが終わると、狐目の男が私に向けて頷いた。



 行っていいぞ、といった感じだ。



「もったいねえな。せっかく良い女なのにバラ──」


 柄シャツの男が呟いた。最後の方はよく聞こえなかった。

 狐目の男が睨まれ、柄シャツの男は慌てて口をつぐんだからだ。


 余計なことを言うな、と嗜めたようなら見えた。



 バラ?


 気にはなったものの、ここで問い詰めるわけにはいかない。何より、早く部屋の中に入りたかったか。

 こんな薄い布切れを身にまとっただけの状態で、ヤクザに囲まれて続けるのは気分の良いものではない。



 私はドアをノックする。



「はーい」



 軽快な声と共にドアが開くと、写真で見た男が顔を出した。



 実物はもっと妖艶で、写真で見るよりもずっと幼い印象を受ける。



 栗色の髪の毛はわずかにカールしていて、目は薄いブラウン。ガウンの前がはだけて胸板が見える。透き通るくらいに真っ白だった。



「初めまして、僕、リヒトです」



「ど、どうも。アゲハARから来た──」



「入って入って」



 挨拶もそこそこに、リヒトと名乗った男は回り込む。私の背中を押して部屋の中に入れるのだった。



 どうやらチェンジされずにすんだみたいだ。



 胸を撫で下ろした。が、やけに急いでいるのが気になった。



 それだけ日頃の鬱憤が溜まってる証拠だろうか。



「じゃ、とりあえず乾杯しようよ」



 すでにシャンパンが注がれたグラスを渡される。



「実は、話したいことがあって」



「まずは飲もうよ。ねっ?」



 人懐こい笑顔は、無邪気そのものだった。



「じゃ……」



 とりあえず私は、言われるままにシャンパンを喉に流し込む。



「どう?」



「ええ。とっても美味しいシャンパンで──」



 なんだ!?



 目が回る。



 私はその場に倒れ込む。



 シャンパンの中に薬を混入されていたのだと認識した時にはもう、手足が痺れて動かなくなっていた……。

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