第6話 殺人──それは胸の高鳴り
「本当に、金はいらないの?」
客のいなくなった深夜のホームセンター。
私は四つん這いなり、床にへばりついたゴミをヘラでこすり取っている最中だった。
「それにしても、あんなに早くサツが来るとは思わなかったよ。
遺体が持ってた免許証からアパートを突き止めて、大家から私のスマホの番号を聞いたんだってさ」
サツって案外無能じゃないんだな──などと軽口を叩いて笑っていたら、「おい」と声をかけれた。
顔を上げたのと同時に金髪の男──鷹端蓮に腕をつかまれ、強引に体を起こされる。
「な、なんだよ!」
「いいから、ちょっと来い!」
商品棚の間に引きずられるようにして連れて行かれる。
蓮は素早く左右と天井を見回した。
他の清掃スタッフは見えない。
それにここは背の高い商品棚のおかげで、防犯カメラから死角になっている場所だ。
蓮と同じように私も天井を見上げたが、防犯カメラは確認できない。
「ずいぶんとはしゃいでるじゃねえか」
蓮は表情を歪めている。
「は、はしゃいでるわけないだろ!」
私は蓮の腕を振り払う。
「こっちはやって来たサツに疑われたんだぞ! アリバイがあるって何度も説明してんのに、全然信じないしさ。同じ質問ばっかりされるし……。
サツが帰ったら帰ったで、今度は母親から心配されるし──散々な日曜日だったんだ」
「黙れ!」
今度は蓮に胸ぐらをつかまれる。切れ長の目は、真っ直ぐに私をとらえていた。
「わかってんのか!? 次はそっちがヤルんだぞ!?」
急に冷や水を浴びせられた気がした。
そうだ。まだ終わってない。
むしろ私にとって、これからが本番なのだ。
「近々、『荷物』が届く。そこに詳しい指示を書いた紙が入ってるはずだ」
蓮は顔を近づけて来る。
「いいか? アンタがしくじったら全部台無しになるんだぞ。確実に『仕事』をやれ。失敗もナシ、途中で降りるものナシだ」
抑えてはいるものの、必死なのが伝わって来る。
交換殺人を請け負った時点で、私たちは一連托生の関係になったのだ。
私がヘマをした途端、交換殺人は成立しなくなる。
竜司を殺した蓮はもちろんだが、それを依頼した私も刑務所行きだ。
全身から汗が吹き出し、膝が震える。
人を殺す──
正直に告白すると、浮かれていた。
竜司が死んで、ようやく地獄が抜け出せると安堵していたのだ。
それが突然、地面に大きな穴が空き、落下した気分になった。
自分が今置かれている状況を思い知らされた途端、体が怯え始めたのだ。
「わかってる。わかってるよ……」
私は何度もうなずく。
「何がなんでもやり遂げてみせる。絶対にしくじらない」
これは自分に言い聞かせるための言葉でもあった。
それから三日後──
マンスリーマンションに荷物が届けられる。
インターホンが鳴ったので出てみると、ドアのすぐそばに段ボールが置かれていたのだ。
素早くあたりを見回したが、すでに人の姿はなかった。
母親が買い物に出かけたタイミングだったので、余計な言い訳をせずにすんだ。
私は自室に段ボールを運び込み、早速中身を確認する。
帽子に黒いジャージ。それからスニーカーが入れられていた。どれもスーパーやスポーツ用品展に行けば、数千円で買えるような、どこにでもあるもののようだ。
おそらくこれらは、犯行時に着るものなのだろう。
段ボールの底に一枚の紙があった。
どこにでもあるA4のコピー用紙に、地図が書かれている。道路には赤い線が引かれていた。
おそらくこれが、ターゲットのところへ行くルートなのだろう。
バツ印がある。
ターゲットを殺す場所だ。
他に丸印があり、《ジャージと帽子を破棄》とある。
徹底している。
自分でも意外だったが、指示書を読んだことで気持ちが落ち着いていくのがわかった。
蓮の様子から、てっきりこの交換殺人は場当たり的に思いついたものなのだろうと覚悟していたのだ。
だが段ボールに入っていた指示書を読む限り、かなり前から入念に計画されているように感じる。
これならイケる!
私の心臓の鼓動は、にわかに早くなるのだった。
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