第3話 頼りなく危険な糸でも……。
「旦那を殺してやるって言ったよな」
金髪の男は面食らったようだった。
「本当なのか!?」
鬼気迫る表情の私を見たあと、金髪の男は戸惑ったように周りに視線を走らせる。
「どうなんだよ! 答えろよ!」
もう一度問うと、金髪の男はおもむろに私の腕を取る。そのままコンビニの建物の暗がりへと連れて行くのだった。
「馬鹿かお前は!」
そう言って金髪の男は声をひそめる。
「声がでけえよ。誰かに聞かれたらどうすんだ!」
清掃のために集められた従業員たちは、休暇時間に食べる食料やタバコを調達するため、今は全員店内にいる。だから誰も私たちに気を向ける者はいない。
それでも金髪の男は、何度も周りを見回し、警戒している。
話の内容が内容なだけに、慎重にならざるを得ないのだろう。
だが、わずかな時間さえじっれたい私は、真意を確かめるために、乱暴に金髪の男の胸ぐらをつかむ。
「どうなんだよ! 殺せんのか!?」
先ほどよりも声を落としたつもりだったが、自然と口調と態度は荒くなる。
私には悠長に構えている余裕はないのだ。
昨晩、母が竜司に犯されている姿を見て我を忘れて突っ込んはいいが、見事に返り討ちにされてしまったのだ。
そもそも自分の力で竜司を制圧できるくらいなら、これまで無抵抗に殴られ続けてはいない。
なんとか殺されずにすんだのは、騒ぎを聞きつけた近所の人が呼んだであろう警察が駆けつけたからだ。
パトカーのサイレンを聞いた竜司は、一目散に逃げて行った。
おかげで娘は連れ去られずにすんだわけだが、同時にこの生活を続けていくのはもう限界だと悟った。
あのクズヤローがどうやって母と娘の居場所を知ったのかはわからない。
私が尾行されたのかもしれないし、街中で偶然、買い物をしている母を見つけた可能性もある。
いずれにしても、新たな住居に移ったところで問題は解決しないのは明らかだった。警察や専門家に助けを求めたとしても同じだろう。
仮に刑務所に入ったところで、どうせ数年もしたら出て来るに決まってる。
そして今度こそ見つかったら、確実に殺されるはずだ。
私も母も、そして娘も。
腹を括るしかない。
それはつまり、竜司を殺すしかないのだ。
この地獄から抜け出すには、それしかない。
だが、残念ながら体格で劣る私では、クソヤローを殺すのは不可能だ。
それは今回のことで改めて思い知らされた。
腕力では敵わない。
打つ手がなくなった私にはもう、あの言葉にすがるしかなかったのだ。
《旦那を殺してやろうか?》
金髪の男は自らの胸元にかけられた私の手を振り解く。
もう一度、周囲に視線を巡らせる。切れ長の目がさらに鋭く、殺気を帯びた気がした。
金髪の男は神妙な面持ちでうなずく。
「ああ、殺してやるよ」
「からかってるんじゃないだろうな。もしも冗談だったら、ここで私がアンタを殺してやるからな」
「こんな悪趣味な冗談を言う趣味はねえよ。こっちだって相当なリスクを背負うことになるんだからな」
金髪の男は鋭い視線を私に向けると、もう一度繰り返すのだった。
「旦那を殺してやる」
私にとってそれは、地獄の中に垂らされた一筋の糸だった。
頼りなく、それでいて危険な糸ではあったが、この時の私には輝いて見えていた。
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