🟩 12:23、ゼロアウトプットの願い
――愛は、測定できるものなのか?
オフィスビルの入り口で、蛍光ガラスのドアが自動で開く。
額に赤外線スキャナーが当たり、ピッという音が鳴った。システム評価:FP 28%。分類は「ボーダーライン業務体」。
スクリーンにいくつかの推奨タグが表示される――「水分補給を推奨」「中程度の注意散漫」「社会的モニタリングが必要」。
無言の空気と灰白色の壁が、肺をセメントのように圧迫してくるオフィスエリアへ入る。
自分のデスクの角にはラベルが貼られている:No.17-B。
任務は、歴史資料のスキャンとバックアップ処理。リスクが低く、接触も少なく、リターンも少ない仕事だ。
話さない人間には、ちょうどいい。
昼休みは60分。
この時間帯には「システム非定義行為によるアウトプット」は禁止されている。
――けど、違反するつもりだ。
手のひらを開く。そこにあるのは、昨晩書いたメッセージの下書き。主語もない。明確な目的もない。ただ一行――
「忘れられていなければ、それだけでいい」
それが非論理的で、生産性がなく、システム報酬も得られないことは分かっている。
それでも、送信したいと思った。
以前、ある人がこう言ったことがある。
「時々、ただ何かを言いたくなるの。目的なんてなくていいの。」
その時、あの人は紙に何かを書いていた。
文字はいつも、ほんの少しだけ右に傾いていた。まるで、人が話しかける時に、そっと身を傾けるように。
その角度を覚えている。
近づこうとして、でも寸前で止まるような、そんな距離感だった。
あの時、自分は返事をしなかった。
仕事中に自分から声をかけたことなんて、これまで一度もない。今回も、例外ではない。
――でも、たぶん。この言葉を書いた時点で、もう充分だったのかもしれない。
昼休み、残り12分。
資料フォルダの青いラベルを見つめているのに、何一つ頭に入ってこない。
文字たちはすべて、感情も記憶もないシステムのテンプレートのコピーに見えた。
指先で、机を三回、軽く叩いた。
――もう行く時間だ。
立ち上がる。斜め向かいのデスクから、視線が二つ流れてきたのを感じた。
だが、誰も「どこへ行くのか」などとは聞かない。
こんな会社で、「どこへ行くか」を尋ねる人間はいない。
廊下の奥にあるトイレへ向かう。
FPは24%。
これは、最後の時間であり、唯一コントロールできる時間だ。
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