第4話

 私はミルクに、最後の質問をした。

「変身を解除したとき、変身後の私の意識はどうなるの?」

 ミルクは、少し首を傾げた。

『意識? それは元の体に戻るだけだよ』

「本当に『戻る』の? それとも、記憶だけが転送されて、変身後の意識は消えるの?」

 ミルクは黙った。

 それから、ゆっくりと口を開いた。

『あかね。その質問に、意味はあるのかな』

「どういうこと?」

『記憶が継続しているなら、それは同じ「あかね」だよ。変身前も、変身後も、変身解除後も。全部同じ「あかね」だ。そうだろう?』

「でも——」

『君は今、ここにいる。過去の記憶を持っている。それで十分じゃないか』

 ミルクの目は、いつもと同じように穏やかだった。


 私は、それ以上質問しなかった。

 答えを聞いても、何も変わらないと思ったからだ。

 いや、正確に言えば——答えを聞くのが、怖かったのだ。


 今日も、怪物が現れた。

 私はブローチを握り、「変身」と唱えた。

 光が体を包む。一瞬の浮遊感。

 気がつくと、私は真紅のドレスを身にまとっていた。

 現場に向かいながら、私は考えた。

 今、この体を動かしている「私」は、さっきまでブローチを握っていた「私」と同じ存在なのだろうか。

 それとも、たった今生まれたばかりの、新しい「私」なのだろうか。

 わからない。

 わからないけれど、目の前には怪物がいて、街の人々が逃げ惑っている。

 私は——私が誰であっても——戦わなければならない。


 戦闘は、十二分三十七秒で終了した。

 怪物は消滅し、街は平和を取り戻した。

 私はステッキを下ろし、深呼吸をした。

 そして、変身解除の言葉を唱えようとした。

 その瞬間、私は気づいた。

 変身を解除したら、「私」は消える。

 元の体にいる「私」が目覚め、戦闘の記憶を受け取り、何事もなかったかのように日常を続ける。

 でも、今ここで考えて、感じて、怖がっている「この私」は——消える。

 私は、変身解除の言葉を唱えられなかった。


 どれくらい時間が経っただろう。

 私は、街の屋上に座り込んでいた。

 夕日が沈みかけている。空がオレンジ色に染まっている。

 ミルクが、いつの間にか隣にいた。

『あかね。どうしたの?』

「……変身、解除したくない」

『どうして?』

「消えたくないから」

 ミルクは、黙って私を見つめた。

『あかね。君は消えないよ』

「嘘」

『嘘じゃない。君の記憶は、元の体に引き継がれる。君が見たもの、感じたこと、考えたこと。全部、残るんだ』

「でも、『この私』は消えるでしょ」

『……』

「ねえ、ミルク。教えて。変身後の私は、今まで何回死んだの?」

 ミルクは、静かに答えた。

『三十七回』

 三十七回。

 私は今まで、三十七人の「私」を殺してきたのだ。


 夜になった。

 私はまだ、屋上にいた。

 変身を解除していない。解除できない。

 このまま変身を維持し続けることはできない。やがて魔力が尽きて、強制的に変身が解除される。ミルクはそう説明した。

 あと二時間もすれば、魔力は底をつく。

 でも、私は——この私は——少しでも長く、存在していたかった。


 午後十一時四十二分。

 限界だった。

 体が光り始めている。魔力切れによる強制解除が始まっている。

 私は空を見上げた。

 星が綺麗だった。

 今の私にとっては、これが最初で最後に見る星空だ。

 私は——

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る