第3話 聖女を背負えば、無限に加速できる説

「ヒィィィィィッ!! し、死ぬぅぅぅッ!!」


 迷宮の石壁が、猛烈な勢いで後ろへと流れていく。

 フィオナはラキの背中で、風圧に顔を歪めながら絶叫していた。


 速い。

 速すぎる。

 それはもはや「走る」という次元ではなかった。

 低空飛行する砲弾だ。


「口を動かすな、手を動かせフィオナ! 右舷よりゴブリン3匹! 突っ切るぞ!」


 ラキの声は、狂気的なまでに弾んでいる。

 彼は減速しない。

 コーナーを曲がる際も、遠心力を無視して壁を蹴り、ピンボールのように加速する。


 当然、背負われているフィオナには凄まじいGがかかる。

 三半規管が悲鳴を上げ、胃の中身が逆流しそうになる。


「む、無理です! 前が見えません!」


「見なくていい! 俺の背中に魔力を流し続けろ! 『痛み』を感じた瞬間にヒールだ!」


「痛みって、敵の攻撃を受けるつもりなんですか!?」


「避ける時間が惜しい!」


 ラキは叫ぶと同時に、ゴブリンの群れへと突っ込んだ。


 ドォォォォンッ!!


 激突音。

 ラキは剣を振るうことさえしなかった。

 ただの「体当たり」だ。

 しかし、ステータスの暴力と加速力が乗ったタックルは、ゴブリンの貧弱な体をボロ雑巾のように吹き飛ばした。


 だが、無傷では済まない。

 ラキの肩口を、ゴブリンの錆びたナイフが掠める。

 鮮血が舞った。


「ヒッ! け、怪我が!」


「今だ! 撃てッ!!」


回復ヒールッ!!」


 フィオナの悲鳴のような詠唱と共に、聖なる光がラキを包み込む。

 傷口は一瞬で塞がり、失われた血液さえも魔力によって補填される。


 すると、どうだ。

 傷が治った瞬間、ラキの足取りがさらに軽くなった。


「――ッ! 素晴らしい! 筋肉の断裂と修復が同時に行われている!」


 ラキは恍惚とした表情で叫ぶ。


「本来、人間には脳のリミッターがある。筋肉を100%使うと体が壊れるからだ。だが、お前という『即時修理キット』がいれば、俺は常にリミッターを解除したまま、限界出力で動き続けられる!」


「なにそれ怖い! 理論が破綻してますぅぅぅ!」


「これが俺の編み出した新戦法――『筋肉永久機関マッスル・エンジン』だ!!」


 ラキは加速した。

 自らの筋肉繊維を引きちぎりながら、それを聖女の魔力で強引に繋ぎ止め、生物としての限界を超えた速度で迷宮を蹂躙していく。


 もはや狩りではない。

 災害だ。

 通り過ぎた後には、ミンチになったゴブリンの死骸と、大量の魔石だけが残される。


「あははははッ! 最高だ! 経験値の味がするッ! 止まるなフィオナ、俺たちは今、世界で一番効率がいいぞ!」


「お母様ぁぁぁ……! 私、やっぱりお家に帰りたいですぅぅぅ!」


          ◇


 1時間後。

 第3層のセーフティゾーン。


 そこには、地獄のような光景が広がっていた。


「……ふぅ。良い運動だった」


 ラキは清々しい顔で汗を拭っていた。

 その足元には、うず高く積み上げられた魔石の山がある。

 数にして200個以上。

 通常のパーティーが、1週間かけてようやく集められる量だ。


「うっ、うぅ……。きもちわるい……」


 一方、フィオナは地面に「大の字」で倒れていた。

 目は回っているし、髪はボサボサ。

 聖女としての威厳など欠片もない。

 MPも空っぽだ。絞り雑巾のように一滴残らず吸い取られた。


「おい、フィオナ。生きてるか?」


 ラキが上から覗く。

 フィオナは恨めしげに彼を睨み上げた。


「……あ、あなた、悪魔ですか……? 休憩なしで1時間走り続けるなんて……」


「お前が優秀だったからな。正直、驚いた。まさかあの速度での連戦に、魔力切れを起こさずについてくるとは」


 ラキは珍しく称賛した。

 彼にとっても予想外だったのだ。

 フィオナの魔力回復速度と、ヒールの燃費の良さが。


「お前は最高のバッテリーだ。これなら、明日は第4層に行けるかもしれん」


「あ、明日……?」


 フィオナの顔から血の気が引く。

 またやるの?

 あのおんぶ紐地獄を?


「む、無理です! 絶対にお断りです! これ以上付き合ったら、私の精神が崩壊します!」


「そうか? 残念だな。……じゃあ、今日の報酬ドロップの精算をするか」


 ラキは無造作に、魔石の山を指差した。


「契約通り、素材は全部お前にやる。俺は経験値だけで十分だからな」


 ジャラララッ。


 ラキが革袋を逆さにすると、溢れんばかりの魔石と、ゴブリンが隠し持っていた銀貨や宝石類が地面に散らばった。


「え……?」


 フィオナは目を見開いた。

 キラキラと輝くその山。

 彼女は没落貴族として、お金の計算にはシビアだ。

 一瞬で、その価値を概算してしまう。


(ゴブリンの魔石が200個……1個あたり銀貨5枚として、えっと、銀貨1000枚!? それに加えて、重装ゴブリンのレア素材とドロップ武器が……)


 カチャカチャと、フィオナの脳内そろばんが弾かれる。


 合計、金貨30枚。

 一般的な平民の年収の3倍。

 それを、たった1時間で?


「……あ、あの。これ、本当に全部私が貰っても?」


「ああ。俺のインベントリを圧迫するゴミだからな」


 ゴミ。

 この男は、金貨30枚分の財宝をゴミと言い捨てた。


 フィオナの手が震える。

 実家の借金は、金貨500枚。

 途方もない額だと思っていた。

 一生かけて、泥水を啜りながら返すしかないと思っていた。


 でも。

 このペースなら。

 単純計算で、あと20日もあれば完済できるのではないか?


「……ごくり」


 フィオナは生唾を飲み込んだ。

 目の前の男は狂人だ。

 関われば命がいくつあっても足りない。

 でも、この「効率」は麻薬だ。

 一度味わってしまったら、地道な薬草採取や、ちまちましたゴブリン退治には戻れない。


「どうする? 解散するか?」


 ラキが問う。

 フィオナは震える手で、魔石の山を抱きしめた。

 プライド? 恐怖?

 そんなものは、この輝きの前では些細な問題だ。


 フィオナはゆっくりと顔を上げ――ニッコリと、聖女らしく微笑んだ。


「……ラキ様。明日の集合時間は?」


 その瞳には、ラキとはまた種類の違う、怪しい光が宿っていた。

 金という名の経験値に、彼女もまた魅入られたのだ。


「早朝5時だ。遅刻したら置いていく」


「承知いたしました! MP回復薬マジックポーションを買い込んでお待ちしております!」


 こうして、契約は更新された。

 狂った冒険者と、守銭奴の聖女。

 利害の一致した二人の快進撃は、もう誰にも止められない。



(完)



――


率直なご評価をいただければ幸いです。

★★★ 面白かった

★★  まぁまぁだった

★   つまらなかった

☆   読む価値なし


  ↓↓↓   ↓↓↓

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

【レベルアップはエクスタシー】経験値中毒の俺は、聖女を「電池」におんぶ紐で迷宮を爆走する。~ドロップ品を拾う時間すら惜しいので放置してたら、魔力過多でラスボスが湧いてしまった件~ いぬがみとうま🐾 @tomainugami

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画