第2話 経験値効率400%の悪魔的提案

「グオォォォッ!!」


 ゴブリンナイトが咆哮を上げる。

 迷宮の壁を震わせるほどの轟音。

 普通の冒険者ならば、その威圧感だけで足が竦むだろう。


 だが、ラキはあくびを噛み殺していた。


(攻撃モーションが大きい。予備動作から判定発生まで1・2秒。……遅すぎて欠伸が出る)


 ラキの動体視力は、既に人外の域に達している。

 彼に見えているのは「恐怖の怪物」ではなく、「攻略パターンが単純な養分」でしかない。


 ブンッ!!


 巨大な戦斧が横薙ぎに振るわれる。

 風圧だけで岩が砕けるごとき一撃。

 しかしラキは、それを紙一重――鼻先数センチの距離で見切っていた。


「なっ……!?」


 へたり込んでいたフィオナが息を呑む。

 彼女の目には、ラキが棒立ちしているようにしか見えなかったからだ。


「硬い鎧だな。まともに斬り合えば、俺の安い鉄剣なまくらが折れる」


 ラキは独り言のように呟き、踏み込んだ。

 敵の攻撃後の硬直時間。

 その一瞬の隙を突き、懐へと潜り込む。


「だが、関節の継ぎ目がお留守だ」


 ヒュッ。

 鋭い突きが放たれた。

 狙うは、兜と胴鎧の隙間――首筋のわずかな露出部。

 それは針の穴を通すような精密動作だったが、ラキにとっては「止まっている的」を突くよりも容易い。


 ズプッ。


 嫌な感触と共に、剣先が深々と突き刺さる。

 ラキは手首を返し、傷口を抉りながら剣を引き抜いた。


「ガ、ア……ッ?」


 重装小鬼は、自分が死んだことさえ理解できずに立ち尽くし――。

 数瞬の遅れを持って、どうと地面に倒れ伏した。


 即死。

 致命の一撃。


「ふぅ……。レベル差補正がないから少し硬かったな」


 ラキは血振るいをして剣を納めると、何事もなかったかのように呟いた。

 その背中で、ファンファーレのようなシステム音が鳴り響く。

 レベルアップの快感が、微電流のように体を駆け巡った。


(んッ……くぅ……。やっぱり中ボス級は経験値がいい。脳の血管が開くようだ)


 ラキは恍惚とした表情で天を仰ぐ。

 その姿を見て、フィオナは震える声で話しかけた。


「あ、あの……!」


 フィオナは涙目になりながら、懸命に言葉を紡ぐ。

 助かった。

 死ぬところを、この見知らぬ剣士が救ってくれたのだ。


「あ、ありがとうございました! 私、もうダメかと……」

「おい」


 感謝の言葉は、冷徹な一言で遮られた。

 ラキが、氷のような視線をフィオナに向けている。


「え……?」

「突っ立ってないで、さっさとその死体から魔石を回収しろ。俺が次の獲物を索敵している間にだ。分業しないと効率が落ちるだろう?」

「は、はい!?」


 フィオナは耳を疑った。

 命の恩人からの第一声が「魔石を拾え」?

 しかも、まるで「部下に指示を出す上司」のような自然さで。


「な、何を言ってるんですか? 私、足が怪我していて……それに、私はあなたのパーティーメンバーじゃ……」

「ああ、そうか。足が悪いんだったな」


 ラキは得心したように頷くと、スタスタとフィオナに歩み寄る。

 そして、彼女の足首を乱暴に掴んで持ち上げた。


「きゃあっ!? な、何するんですか変態ッ!」

「動くな。……ふむ、捻挫か。ヒールを一回掛ければ治るレベルだが、MPが尽きてるのか?」

「そ、そうですけど……! 離してください!」


 ラキは手を離すと、あごに手を当ててブツブツと計算を始めた。


「MP切れの聖女……。移動能力なし……。本来なら廃棄処分案件だが……」


 ラキの脳内で、先ほどの「クズ男たち」の言葉が再生される。

 ――『移動速度の遅いヒーラーは足手まとい』。


 ラキは顔を上げ、フィオナを値踏みするように見つめた。


「おい、女。名前は?」

「ふ、フィオナです……。元男爵家の……か」



「フィオナ。お前、さっきの連中に『足が遅い』と言われて捨てられたのか?」

「……っ! そ、そうです! 私がドン臭いから、置いていかれたんです……!」


 フィオナは唇を噛み締め、俯いた。

 悔しさと惨めさが込み上げてくる。

 だが、ラキの反応は予想外のものだった。


「なるほど。つまり『移動さえしなければ』、お前は優秀なヒーラーだということか?」


「え……?」


「俺が見たところ、お前の魔力総量は平均的な神官の3倍はある。それだけのタンクを持ちながら、足が遅いという理由だけで運用を諦めるのは、あまりに勿体ない」


 ラキはニヤリと笑った。

 悪魔的な笑みだった。


「なら、話は早い。――俺がお前を背負えばいい」

「は?」


 フィオナの思考が停止した。

 背負う? 誰が? 誰を?


 ラキは背中のバックパックを漁り、何かを取り出した。

 それは、革と金具で作られた頑丈なベルト――本来は、重い荷物を背負って運ぶための「運搬用ハーネス」だった。


「俺の敏捷性なら、お前一人を背負ったところで速度低下デバフは誤差の範囲だ。むしろ、俺が移動を担当し、お前が背中から回復と支援バフを撒き続ければ……」


 ラキの瞳が、狂気的な輝きを帯びる。


「休憩時間ゼロ。移動ロスなし。24時間狩り続けられる『永久機関』が完成する!」

「な、何を言ってるんですかこの人ぉぉぉ!?」


 フィオナは絶叫して後ずさる。


 ――正気じゃない。

 ――この男は、私を「人間」として見ていない。

 ――「便利な装備品」か何かだと思っている!


「い、嫌です! そんな恥ずかしい格好! それに私、元貴族の娘なんですよ!?」

「貴族? それが経験値の足しになるのか?」

「なりませんけどプライドの問題ですッ!!」

「プライドで飯が食えるか。お前、金に困ってるんだろ? 借金でもあるんだろ?」


 痛いところを突かれ、フィオナが言葉に詰まる。


「俺と組めば、時給でゴブリン50匹分は確約する。ドロップ品も。俺は経験値以外に興味がないから全部やる。……どうだ? 悪い話じゃないはずだぞ」


 ゴクリ、とフィオナは喉を鳴らした。

 小鬼50匹。

 普通のパーティーなら3日はかかる稼ぎを、時給で?

 もしそれが本当なら、父が遺した莫大な借金も、数ヶ月で完済できてしまうかもしれない。


(で、でも……おんぶ紐って……! 聖女の格好で、男の人におぶさって迷宮を走り回るなんて……!)


 葛藤するフィオナ。

 しかし、背後からは新たな魔物の気配が近づいている。

 MPは空。足は動かない。

 選択肢は、ここで野垂れ死ぬか、この狂人の提案に乗るか。


「……ほ、本当に、稼げるんですか?」

「俺の計算に間違いはない」

「……へ、変なこと……しませんか?」

「狩りの最中にそんな無駄なことをするわけがない。1秒が惜しいんだ」


 ラキは断言し、ハーネスを広げて背中を向けた。


「さあ、乗れフィオナ。――俺たちが、この迷宮の最高効率トップランカーになるんだ」


 それは、まるで舞踏会への誘いのような手つきだった。

 差し出されたのは、革ベルトまみれの拘束具だったが。


「うぅ……もう、どうにでもなれぇぇッ!」


 フィオナは涙目で、ラキの背中に飛びついた。

 カチャリ、カチャリとベルトが締め上げられ、二人の体は密着する。

 聖女の柔らかな肢体が、剣士の背中に容赦なく押し付けられた。


「よし、装着完了。……軽いな。装備重量制限には余裕がある」

「扱いが荷物ですぅぅぅ!」

「行くぞフィオナ! まずは手始めに、この階層の小鬼を根絶やしにする!」


 ドンッ!!


 ラキが地面を蹴る。

 人間とは思えない加速Gが、フィオナの脳を揺さぶった。


「きゃあぁぁぁぁぁぁッ!!」


 迷宮に響き渡る聖女の悲鳴。

 こうして、世界最速にして最悪のパーティー――「おんぶ紐の永久機関」が爆誕したのである。


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