【レベルアップはエクスタシー】経験値中毒の俺は、聖女を「電池」におんぶ紐で迷宮を爆走する。~ドロップ品を拾う時間すら惜しいので放置してたら、魔力過多でラスボスが湧いてしまった件~

いぬがみとうま🐾

第1章:レベルアップはエクスタシー

第1話 レベルアップ=絶頂《エクスタシー》

「ヒール! ヒールッ! 遅いぞフィオナ、魔力循環(ローテーション)が0・5秒遅れてる!」


「無茶言わないでくださいッ! 揺れが、揺れが酷すぎて吐きそうですぅぅぅ!」


 薄暗い迷宮の回廊を、一陣の疾風が駆け抜けていく。



 それは、常軌を逸した光景だった。


 疾走するのは、一人の青年剣士だ。


 整った顔立ちをしているが、その目は血走っており、口元には恍惚とした笑みが張り付いている。


 そして何より異様なのは、彼の背中だ。


 そこには、豪奢な聖職者の衣を纏った銀髪の美少女が、登山用の頑丈な「おんぶ紐」でガッチリと固定されていたのである。


「うぷっ……! ら、ラキ様、少し休憩を……!」


「休憩? 何を言ってるんだ。今、移動速度を維持したまま回復すれば、時給換算で経験値効率が15%向上するんだぞ? 休む暇があったら魔法を撃て!」


「あぁぁぁん! 私、国の聖女なのにぃぃぃ!」


 すれ違う冒険者たちが、その異様な「二人羽織」を見て、ぎょっとして道を空ける。


「おい見ろよあれ……」


「『おんぶ紐の狂人』だ……関わるな、轢き殺されるぞ!」


 これは、後に世界を救い、そして迷宮の生態系を破壊し尽くすことになる、ある二人の物語。


 いや――その少し前。


 まだ狂人が、孤独に「悦楽」を貪っていた頃の話をしよう。


          ◇


 王都近郊、古代遺跡「旧き地下迷宮」。


 その第1層は、じめじめとした苔の匂いと、駆け出し冒険者たちの熱気に満ちていた。


「ギャギャッ!」


 汚い悲鳴を上げて、ゴブリンの首が宙を舞う。


 鮮やかな剣閃だった。


 無駄がなく、慈悲もなく、そして何より――機械的だった。


「……チッ。討伐タイム12秒。コンマ8秒の遅れだ。剣の振り抜き角度が甘い」


 ゴブリンを斬り捨てた青年――ラキは、飛び散った血を拭いもせず、冷徹な目で虚空を見つめていた。


 手にした安物の鉄剣は、酷使によって刃こぼれしている。


 だが、彼の関心は武器の状態にはない。


 彼の視線の先にあるのは、網膜に映し出される「数値」だけだ。


(次の湧き(リポップ)まであと40秒。この区画の回転率は悪くないが、移動ロスが目立つな。……いや、今はそんなことよりも)


 ドクン、と。


 ラキの心臓が、早鐘を打った。


 来る。


 ゴブリンを連続で50体屠った報酬が。


 世界が書き換わる、あの瞬間が。


『――レベルが上昇しました』


 脳内に直接響く、無機質な天の声(システムアナウンス)。


 その瞬間、ラキの全身を、雷に打たれたような衝撃が貫いた。


「あッ、ぅ……くぅぅぅぅッ!!」


 ラキはその場に膝をつき、自身の体を抱きしめるようにして背を反らした。


 快感。


 圧倒的な、暴力的なまでの快楽の奔流。


 筋肉の繊維一本一本が作り変えられ、神経回路が焼き切れんばかりに拡張される感覚。


 魂の器が強引に広げられ、そこに新たな力が注ぎ込まれる全能感。


 それは、食欲も、睡眠欲も、性欲さえも凌駕する、生命としての根源的な「進化の悦び」だった。


「はぁッ、あぁっ……! いい、凄くいい! これだ、これが欲しかったんだ!」


 洞窟の静寂を破り、ラキの喉から甘く蕩けた絶叫が漏れる。


 焦点の合わない瞳は潤み、頬は紅潮し、口の端からは一筋の唾液が垂れた。


 鉄の味がする迷宮の空気さえ、今の彼には極上の美酒のように感じられる。


(『筋力』が上がった……! 『敏捷』が鋭くなった……! 昨日の俺とは違う、1分前の俺とも違う! 俺は今、世界で一番「生」を実感している……!)


 ビクンビクンと身体を震わせ、余韻に浸るラキ。


 その異様な姿を、通路の角から覗き見ていた新人パーティーが、青ざめた顔で硬直していた。


「な、なぁ……あいつ、何やってんだ?」


「み、見ちゃダメよ! きっと迷宮の瘴気にやられたのよ!」


「ヒッ……わ、笑ってるぞ。魔物を殺した返り血を浴びて、恍惚としてやがる……」


 新人たちの囁き声など、ラキの耳には届かない。


 いや、認識はしているが、彼らに割くリソース(脳の処理能力)が勿体ないのだ。


 10秒ほど続いた「進化の絶頂」が収束していく。


 熱に浮かされた体温が下がると同時に、ラキの表情から感情が抜け落ち――再び、能面のような冷徹さが戻ってきた。


「……ふぅ」


 ラキは懐から手帳を取り出し、震える手で記録を書き殴る。


『第1層周回、4時間20分。撃破数182。レベルアップ到達時間、前回比マイナス5分短縮』


 悪くない。だが、足りない。


 レベルが上がれば上がるほど、次のレベルアップまでに必要な経験値は指数関数的に跳ね上がる。


 あの脳髄を溶かすような快感を再び味わうためには、より多くの、より強い獲物を、より速く狩り続けなければならない。


(今のペースじゃ、次の「絶頂」まで3日はかかる。遅すぎる。そんなに待っていたら、禁断症状で死んでしまう)


 ラキはギリッ、と奥歯を噛み締めた。


 問題は明確だ。


 持久力だ。


 HPとMP、そして肉体の疲労。


 レベルアップで全回復するとはいえ、そこに至るまでの過程でどうしても休息が必要になる。


 水を飲む時間。


 傷を癒やす時間。


 魔力を回復させるために瞑想する時間。


 それら全ての「アイドリングタイム」が、ラキにとっては拷問に等しい損失(ロス)だった。


「……欲しいな」


 ラキは暗い迷宮の天井を見上げ、渇望するように呟く。


「俺の代わりに回復魔法をかけ続け、MPを供給してくれる都合のいい道具(バッテリー)が」


 そうすれば、俺は止まらなくて済む。


 24時間365日、死ぬまでこの快感の中に浸っていられる。


 どこかに落ちていないだろうか。


 文句一つ言わず、俺の背中にへばりついて、ただひたすらにヒールを唱えるだけの存在が。


「……行くか」


 思考を切り替える。


 第1層のゴブリンでは、もう得られる経験値が少なすぎる。


 より濃密な「餌」を求めて、ラキは迷宮の奥深く――第3層へと足を向けた。


          ◇


「ま、待って……! 置いていかないで!」


 ところ変わって、迷宮第3層。


 湿った石畳の上で、悲痛な少女の叫び声が響いた。


 声の主は、銀色の髪を泥で汚した少女だ。


 彼女は地面に這いつくばり、去っていく男たちの背中に向かって手を伸ばしていた。


 足首が不自然な方向に曲がっている。逃走中に足を挫き、動けなくなったのだ。


「悪いな、フィオナ」


 パーティーのリーダー格である男が、振り返りもせずに冷淡な声を投げかける。


「お前みたいな『移動速度の遅いヒーラー』は、はっきり言って足手まといなんだよ」


「そ、そんな……! 約束が違うじゃない! 私の家の借金を返すために、パーティーに入れてくれるって……!」


「ああ、だから感謝してるぜ? お前がそこで囮になってくれれば、俺たちは安全に逃げられるからな」


「――ッ!?」


 男たちは笑いながら闇の向こうへと消えていく。


 残されたフィオナの背後から、重厚な金属音が近づいてきた。


 ガチャリ、ガチャリ。


 錆びたプレートメイルに身を包んだ、身長2メートルを超える異形の戦士。


 第3層の徘徊者――重装ゴブリン(ゴブリンナイト)。


 本来ならば第5層に出現するはずの深層種が、なぜかこんな浅い階層に迷い込んできていたのだ。


「あ、あぁ……」


 フィオナは震える手で、折れた杖を構える。


 だが、今の彼女に残された魔力(MP)は空っぽだった。


 重装ゴブリンが、兜の奥で赤い瞳をギラつかせ、巨大な戦斧を振り上げる。


(死ぬ……ここで、私は死ぬの?)


 家を再興することもできず。


 誰にも愛されず。


 こんな汚い迷宮の床で、魔物の餌になって終わるの?


「いや……誰か、助けて……!」


 フィオナは目を瞑り、最後の祈りを捧げるように叫んだ。


 振り下ろされる戦斧。


 風を切る音が死を告げる――その瞬間だった。


「――おい」


 不機嫌そうな男の声が、迷宮の空気を震わせた。


「そこで何をしている」


 ズドンッ!!


 凄まじい衝撃音が響き、フィオナの頬を突風が撫でる。


 恐る恐る目を開けた彼女の視界に飛び込んできたのは、信じられない光景だった。


 重装ゴブリンの巨大な戦斧が、安っぽい鉄の剣によって受け止められていたのだ。


 いや、受け止めたのではない。


 剣を振るった青年が、その一撃でゴブリンの体勢を崩し、逆に押し込んでいた。


「え……?」


 フィオナは呆然と呟く。


 彼女を助けてくれた、見知らぬ青年。


 彼はフィオナのことなど見向きもせず、目の前の怪物を見上げて、口元を歪に吊り上げていた。


「こいつは驚いた……。第3層にゴブリンナイトが湧くなんてバグ情報は聞いてないぞ?」


 青年――ラキは、舌なめずりをして、恍惚とした瞳で呟く。


「通常種の50倍の経験値(EXP)を持つ『ボーナス確定演出』じゃねぇか……!」


 英雄的な登場。


 しかし、その背中から漂うのは、頼もしさではなく――底知れぬ狂気だった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録(無料)

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る