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 私の朝は遅い。ホームルームの始まる10分前に登校をし、5分掛けて下駄箱から教室へ向かう。

 理由は単純。教室に友達がいないからだ。

 ――いや、教室にというのは語弊がある。この学校に、と言った方が正確だ。

 入学式の翌日、タイミングが悪くも風邪を引いた。入学式の最中に通路を挟んで隣に座る人が終始咳き込んでいるなとは思った。だけどまさか当日の夜に発熱し、一週間寝込むなんて、誰が想像できたことか。一時間飛沫を浴び続けた私がダウンするのであれば、それ以上に時間を共にした隣のクラスは学級閉鎖にならないとおかしいレベルだ。実際にそうなったかもしれないが、親しく話せる相手がいない私には知る由もなかった。

 とはいえ、スタートダッシュを失敗した私だけど、仲良くしてくれる子たちはいた。所謂優等生と言われる子たちの3人グループだ。まだ完全復活とも言えない体調の中で登校すると真っ先に「大丈夫?」と声をかけてくれた。誰の名前も覚えられていない私に、自己紹介をして仲良くしようと言ってくれた。

 お先真っ暗な私に一筋の光が差し込んだ瞬間だった。

 しかしそれは一瞬の勘違いだった。「仲良くしよう」で仲良くなれるほど、高校生は単純ではないんだ。

 悪態をつかれたり、意図的に仲間はずれにされたわけではない。彼女たちは困り事があれば真っ先に頼りにされるような人好きのする生徒たちだ。

 私が、歩み寄らなかったのが原因だ。

 仲間に入れてくれて、一緒に移動して、ご飯を食べて話をして。共に行動する時間は沢山あった。だけどどうしても彼女たちに気を遣われている気がして。人間関係を築く大切な期間を逃して、一人でいる私を可哀想に思って一緒に居てくれるという考えがどうしても否定できなかったのだ。

 本当に私と友達であるのかと疑いを抱き、疑いに支配されて、彼女たちを信じることができなかった。偶数グループであるのに、孤独を感じる。私抜きで楽しみたいのに、私が邪魔をしている。私のせいで彼女たちの時間を奪っていると考えてしまったら収拾が付かなくなって、入学して2ヶ月後に開催された体育祭を後にフェードアウトしていった。

 最初は戸惑う彼女たちだったが、後に慣れていく。いつの間には「莉乃ちゃん」から「田町さん」へと呼称が変わっていった。

 私もそれに合わせて彼女たちとの距離を整えた。

 

 「莉乃ちゃん。ライン教えて」


 どこがで聞いた、炭酸の声がした。


 久方ぶりに名前を呼ばれ、一瞬自分のことだと理解をするより早く、声の主がしゃがみ私の視界に入ってくる。

 艶のある肩より長い髪。丁寧に整えられたシースルーバング。白い肌。

 大きい黒目は私を捉えると「おはよう」と頬に花のような色を浮かべて話を切り出した。


「ライン聞いてもいい? 昨日の打ち上げの写真に莉乃ちゃんが写ってたから送りたくて」

「え。……あ、わざわざ、ごめん」


 いらない、よりも先に謝罪が出た。

 撮った写真を共有するのが彼女たちの暗黙のルールなのだろう。染み込んだ習慣から意思なく写り込んでしまった私にまで声をかけた。写り込んでしまったが故に特別話したこともないクラスメイトに気を遣わせてしまったことに罪悪感を抱いた。


「何で謝るの? 優香が送りたいと思ったから送るんだよ」

 

 彼女は本当になんてことのないように軽い笑い声で、私の不安をさらっていった。

 ゆうか。

 名字よりも先に、教室でよく聞くその呼び声が浮かぶ。

 そうだ、羽鳥優香。

 かわいい人は名字もかわいいんだ、なんて考えた記憶が蘇った。


「QR出すね」


 私の返事よりも早くに羽鳥さんがQRを表示し、逃げ場を無くす。彼女の中で、私が断る場合なんて想定していないのだろう。その通り。クラスメイトの目がある中で断るなんて勇気ある行動できるわけがない。

 逃げ場がない私は読み込み追加をして『田町莉乃です』とシンプルなメッセージを送った。すぐに既読のマークがつくと、羽鳥さんは自身のスマホを私に向け「来た」と微笑んだ。

 家族以外で使う予定がないからと『莉乃』と登録した名前が上部に表示されて少し恥ずかしかった。

 それからタイミング良くチャイムが鳴ると「ありがとう。後で送るね!」と言葉を残し私の元を離れていく。


 この「後で」は社交辞令ではなく、彼女が席に着くや否や実行された。

 手元のスマホがぶるっと震えると同時に斜め左前の延長線上に座る彼女が私の方を少し振り返り、にこっと笑顔を浮かべた。どう反応して良いか分からない私は軽く会釈をした後に通知をタップする。

 画面の左側には長方形の画像とハートを浮かべたペンギンのスタンプが表示されていた。届いた写真は見ずに「ありがとう」と返事をして、画面を上にスライドする。保存はしない。

 羽鳥さんの写真を送りたいという希望は受け取った。それ以上の対応は必要ないだろう。

 彼女がキラキラな友達と一緒に撮ったおこぼれの写真なんて見たくない。

 惨めな気持ちになりたくないもん。


 ホーム画面の友達リストの数が1増えて、ラインの容量が1枚の写真分だけ重くなる。少しの変化はあったけど、これ以上の進展はない。

 増えたアカウントは置物のように、今後動くことはない。そう考えていた。


 そんな私の読みは浅かった。

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2026年1月20日 00:00
2026年1月21日 00:00

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