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「お前さ、それやめろ。面白くもないのに笑うの。」

「え? なんで?」

「ムカつくから。」

「もうこれはさ、癖になっちゃってるから無理だよ。へらへら笑ってないとやってらんないから。ごめんね。」

もっと僕に他に謝るべきことは沢山あるはずなのに、何を今更。

「あー死にた。」

へらへら笑いながら冬真はソファの背もたれに頭を預けて天井を仰いだ。


確かに、僕とこいつは似ているのかもしれなかった。


「お前さ、自分に似ている人間と傷の舐め合いをしたいならやめてくれ。僕とお前は違う。」

冬真は天井を見たまま、真顔で言う。

「そういうんじゃないよ。仕事だよ。」

「仕事?」

「そ。仕事。人材派遣業っていうか、仲介業者っていうか。とある食品加工会社の下請けで、人材を手配している。」

食品加工会社と人材派遣業の繋がりが全く分からなかった。

冬真はそのまま続ける。

「あの工場はうちで探してるような人材が見つかりやすいから、まぁ、俺は要するに覆面人材派遣業だよ。」


要されてなかった。

なんだよ覆面人材派遣業って。


「で、入瑞は人材として適正がありそうだから声掛けたってわけ。ねぇ、入瑞は悪夢を見たりする?」

全く話が繋がらない。

「夢なんていちいち覚えてない。」

ただ、寝覚めはいつも最悪な気分なので悪夢を見ている可能性は大いにある。

「ま、そういうこともあるだろうね。入瑞はバクって動物は知ってる?」

「白黒のブタみたいな。」

「・・・・・・独特な例えだね。俺はブタにはあんま似てないと思うけど。バクは夢を食べるというのは、知ってる?」

「そんなわけないだろ。普通に草とか食うだろ。」

「まぁ、そうなんだろうけど。まぁ、夢を食べるってことになってんだよ。何故か。バクを飼ってるとこではそういう需要があるんだわ。」

どういう需要だ。


「まぁさ、この変な催眠団地とか、一晩で白髪んなるヤバいアパートとかさ、夢を食う動物だとか、なんか世の中にはそういうよくわかんないものがあんだよ。俺たちが知らないだけで。」

「お前は知ってるじゃないか。」

「たまたま『あっち側』に行っただけだよ。一度踏み外すと転がり落ちるようにそういう変なものに当たりやすくなんの。」


身に覚えがありすぎた。

現に、あの日遊具から足を踏み外さなければ、今こんな目に遭っていない。


「俺とかさ、入瑞みたいな、昔嫌なことがあったようなさ、そういう奴は特に。しかも磁石みたいに引かれるんだよ。似た種類の人間同士は。それを買われて俺は変な仕事やる羽目になってる。手短に言うと俺は悪夢を見る人間をヘッドハンティングしてきて某食品加工会社に斡旋してる。ここ数年、需要が増えてきて、それ専門の子会社作ったらしいけど、詳しいことは俺もあんまり知らない。会社からすれば、俺みたいな経歴の人間は都合がいいらしいよ。しかも試用とはいえ藍居ビルシステムにいたことがあるような特殊な人間は『エリート』らしい。全然うれしくねー。」


およそ非現実的な話ばかり聞かされ、いよいよヤバいのではないかと思った。

しかし考えてみれば、この冬真という男は会った瞬間からヤバい奴だった。ヤバさが継続している。いや、ヤバさの深度が増している。何故僕はこいつに着いてきてしまったのだろうか。冬真に言わせたところの「磁石みたいに引かれる」というやつなのか。


「お前の非現実的な話を鵜呑みにすることはできない。大体、悪夢を見る人間なんてどうするんだ。食品会社で加工されるのか?」

それを聞いて冬真はまたヘラヘラと笑った。

「まさか。夢を記録して回収するらしいよ。まぁ、これもなんか特殊な技術が使われてるらしくて、企業秘密だから俺みたいな下請けには教えてもらえない。一聴すると荒唐無稽に思えるかもしれないけど、実際、夢を見ているときに脳が発する微弱な電波を記録しているらしい。それを使ってアルコールを醸造しているとかなんとか。それを動物園に卸してるらしいけど。バクに酒なんか呑ましてもいいのかな。まぁ、需要があるから商売が成り立ってんだろうけど。でもさ、実際仕事なんてそんなもんじゃないかな。自分の部門以外何やってんのか全て把握してるやつなんていないでしょ。あの工場もそう。入瑞は自分のレーン以外の工程ってみたことある?」

確かに、自分の部門以外で何をやっているのか、なんなら自分が何を作っているのかすら僕はよく知らなかった。


「俺だってさぁ、別に好き好んでこんな仕事やってるわけじゃないよ? できることをやれって言われたからやってるだけ。それでしか生きられない。そこにしか存在価値を認められない。俺だって本来とっくに死んでるはずで、なんかの間違いでこうなってるだけで、ほら、似てる。入瑞と俺はやっぱり似てる。」


冬真は、天井を見ていた身体を起こすと、僕との間に一人分空いていた隙間を詰めて、頬に、傷に触れた。相変わらずその指先は冷たい。また僕は動くことができない。


「ねぇ、入瑞、精神的な同質性のある人間は夢の中に入ることができるんだよ。見せてくれないかな? 入瑞の悪夢を。」

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