3

僕は冬深を突き飛ばそうとしたが、身体が震えて上手く動かなかった。

他人に暴力を振るえない。

「この傷はいつどこで? 誰に? どんなふうに? 痛かった? 怖かった?」

冬深の刺すように冷たい指が頬を這う。

触れた場所がひどく痛んだ。傷はとっくに塞がっているのに

「な、なんで、、、そんなこと、、、お前に、、、」


すると、冬深は自分の着ている上着を、その下のシャツごと捲りあげた。

脇腹には真横から臍の下あたりまで真一文字に痛々しい傷跡が走っていた。


それを指差しながら冬深は言う。

「これ。俺は中学生の頃に部活帰り、通学路で知らない奴にやられた。どばーっと見たことないぐらい血が出て、あーこのまま死ぬんだなーって思った。なんでか生きてるけど。なんで生きてんだろ。あのまま死んでたらよかったのに。」

何を言っているんだろう。そんなことは僕には全然関係ないのに。

服を戻しながら冬深は続ける。

「入瑞は、死にたくならなかった? 綺麗な顔がこんなんなって。」

再び手が顔に伸びてくる。

「ふざけてんならやめろ。」

「ふざけてないんだけど。」

「なんなんだよ、、、」


死にたくならなかったか? だと?

現在進行形で今すぐ死にたかった。ずっとずっと死にたい。こんな目に遭うのなら。それもこれも全部この顔のせいだ。


「・・・・・・もういい。どうでもいい。僕はもうどうせ死んでるようなもんだから。殴るなり殺すなりすればいい。」

どうでもよくなってしまった。

他人に暴力を振るえない僕は。

「俺だって別に暴力を振るいたいわけじゃないよ。」

相変わらず冷たい指が頬を這っている。

「他人を道路に仰向けに倒して馬乗りになるのは暴力じゃないのか。」

「暴力っていうのは殴ったり蹴ったり噛んだり刺したりそういうことだろ。」

そういうことじゃない。

人の嫌がることをしてはいけませんって義務教育で習わなかったのかこいつ。

「っていうか退けろ。」

僕がそう言うと納得いかないような顔をして冬深は立ち上がり僕の手を取り引き起こした。そしてそのままその手を離さない。

「本当に、何なんだよお前。なんで僕に絡んでくるんだ。この顔の傷のことだって面白がってんだろどうせ。何が目的だ。金か。身体か。」

すると、冬深はいきなり笑い始めた。

こいつが何を考えているのか、会った時から全くわからない。

「身体って! なんだと思ってんだよ俺のこと! 強いて言うならここだよここ。」

冬深は僕の眉間に人差し指を当てた。

昼に工場裏でしたみたいに。

「さっきから、お前が何考えてんのか全然わかんねぇよ。脳みそでも食うのか?」

「入瑞こそさっきから冗談みたいな事ばっか言ってなんなの? わざと?」

「さっきから僕は大真面目なんだが。」

「あはは。俺たちは本当に気が合う。」

「どこがだ。」

「立ち話もなんだから、俺の家行こ。入瑞は嫌なんでしょ。自分の家知られんの。俺ん家はQ号棟」

「Q、、、」

「知ってる? あの社宅Z号棟まであんだぜ。アルファベットの数字が大きくなればなるほど家賃が安くなる。でも、Aの区画から最奥のZまでは3駅くらいある。Qは2.5駅ってとこかな。いくら家賃が安くたって不便だからM以降はぐっと住人が減るんだ。」

巨大な団地だとは思ったが、自分の住んでいる区画以外のことはあまり考えたことがなかった。Zまであるというなら僕の住むE号棟はかなり手前の区画だが、それでも閑散としている。Q、ましてやZがどのような環境なのかは想像できなかった。

「奥の方の号棟は、その、生活利便施設はあるのか、、、?」

「スーパーとか、コンビニとか、病院とか? セーカツリベンシセツって。硬いな。入瑞の語彙っておもろいよね。」

冬深の言うところの『おもしろい』が僕にはよくわからなかった。

「その? 入瑞が言うところのセーカツリベンシセツは無いよ。ご存知、あの社宅には手前のゲート以外の出入口は基本的にないから。必要なもんは休みの日に買いだめしてる。俺はあの環境が気に入っている。誰もいなくて、荒廃してて、世界が滅んだあとみたいだからね。」

その感覚だけは分かるような気がした。

Eよりもさらに閑散とし、荒廃したQ。

その環境に興味があった。

「なぁ、その、Q号棟、行ってやってもいい、、、」

「あ、デレた。」

「ふざけんな。僕はQ号棟に興味があるだけで、お前のことは嫌いだ。」

「まぁいいけど。」

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