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『奇跡に見放された』あるいは『不思議の力が去った』世界と、語られることもある。
この世界には数多の「おとぎ話」が存在した。
しかし、すべては過去のこと。今はおとぎ話や歌の中でのみ、語られる。
澄み渡った空の下、シェリは微笑んだ。
やわらかな栗色の髪を風に揺らし、ブラウンの瞳の先には鬱蒼と広がる森を映している。
大陸の3分の1を占めるといわれる広大な森は、三日月形に広がりを見せていた。かつてシェリの住んでいた故郷は、その三日月形の端の一部分に接しているだけだった。森の深奥をほんのわずかでも感じられるような、そのような場所ではなかった。
見渡す限り、そして遠くを見ようとしても濃い緑が続く光景に感嘆する。
三年前、故郷を飛び出してから随分と旅してきたようだ。
シェリは己の歩んできた道のりを思った。
遠くへ行きたい、とは思っていたが、まさかここに行き着くとは考えてもみなかった。
「こんな所まで、来てたんだ」
のどかな小国とはいえ、治安が約束されているわけではない。
女の一人旅で西から東へ北から南へと転々としながら、よく無事だったものだ。
「ねえ、ローズ。わたしたち、随分遠くへ来たみたい」
変わらずシェリの肩でくつろぐ曇り空の色をした小鳩は、「ホウ」としか応えない。そんなローズに笑って、改めて地図を見る。
「あれが《眠れる森》、か……おとぎ話が実在するって、面白いよね」
大陸の3分の1を占めるといわれる広大なその森は、「死の森」とも呼ばれる深く暗い地だと聞いている。
もはやおとぎ話の中にしか存在しない不思議の力が眠っているともいわれ、ゆえに《眠れる森》と揶揄される。
その《眠れる森》が目と鼻の先にある。そう思うとシェリの胸は高鳴った。
幼い頃から憧れていた物語の舞台がそこにあるのだと思うと、興奮するのは当然だろう。その思いを振り切るように首を振る。
「だめだめ。シェリ、あなたは何をしにここまで来たの? そう。死ぬためよ」
ローズが「ホウホホウ」と鳴く。
肯定しているようにも否定しているようにも聞こえたが、シェリは眉を下げて肩口の小鳩に視線を遣った。宥めるように彼女が留まる肩を揺らして、微笑んで見せた。
「いいのよ、これで。――さ、行こう」
そうしてまっすぐ前を見据えた。
ずっと考えていたこと。他者に見放される度、居場所を転々とする度に、心のどこかにあった思い。それを今ようやく実現しようとしている。
そのことにシェリの胸は未だかつてないほど高鳴っていた。
激しく鼓動する胸を抑えるように、両手を添えて強く拳を握った。
うつむいて、何度も何度も繰り返す言葉――――「大丈夫」。
そうしてシェリは最期の旅路を踏んだのだ。
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