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 決めてしまえば、シェリの行動は速かった。いや、速くならざるを得なかったと言っても良い。なぜなら彼女の居場所は、とうにこの街には無かったのだから。

 ただ、いざ死を前にすると、あれもこれもと清算したいことが出てくる。

 そのひとつめが、この街でお世話になった食堂の店主の存在だ。

 昨日こそ、シェリのあまりの出来損ない具合に怒髪天を突かれていたが、本来は人の好い男だった。シェリが何枚皿を割ろうと、片付けが遅かろうと、注文を間違えて客に怒られようと、辛抱強く仕事を教えてくれた。何度も助けてくれた。他の店員や常連客に陰口を叩かれていた時も、庇ってくれたのを知っている。

 そんな人の好い店主も、とうとうシェリに我慢ならなくなった。それが偶々、昨日だった。それだけなのだ。

 店を訪れた当初、恐る恐る顔を出すと眉を顰められたが、店主の第一声を待たずに勢い良く頭を下げたシェリに彼は何も言わなかった。

 それどころか、立ち去るシェリに「どこへ行くのか」「頼る先はあるのか」と声をかけてくれたのだ。

 「大丈夫」としか答えないシェリに対して、口をもごもごさせて何かを言おうとしていた。遮ったのは自分自身だ。「――本当に。大丈夫です。今までありがとうございました」そう言って微笑めば、数秒躊躇った後、振り切るように「元気で」と告げられた。最後まで人が好いな、とシェリは思った。

 さらにもうひとつ。

 しなくていいと言われたが、昨日汚してしまった道の片付けにも赴いた。シェリが行った時にはすでに片付けられていたが。――こういうところがきっと、ダメなのだろう。

 後から思い返せばわかるようになってきた。

 道の片付けなんて、すぐに行わなければ街行く人の迷惑になってしまう。

 ただでさえ人通りの多い場所だった。たとえ時間を空けようとも、無事な荷物を置いて店主に説明をして、すぐさま取って返さなければならなかったのだ。「あとで片付ける」とシェリ自身が言ったのだから。たとえ止められたのだとしても、戻らなかったのなら、やるべきことを放棄したとみなされても仕方がない。

 せめて昨日の内に向かっていれば、まだシェリのやることは残っていたかもしれない。あるいは片付けを手伝えない理由を説明して、納得してもらえたかもしれない。

 考え付いてからの行動は速いが、考え付くまでの時間がかかってしまうのがシェリだ。

 もっと簡単に言えば、考えが足りないのだろう。

 何もできないなりに考え続けてきたため、なんとなくではあるが自分のことがわかるようになってきた。何もかもが、もう遅いかもしれないけれど。

 綺麗になった道を本来ならば喜ぶべきだろうが、そんな気分にはならなかった。 肩を落として眺めた後、振り切るように背を向けた。

「それじゃあ、行こうか。――眠れる森に」

 独り言のように、口の中で呟いた。

 肩に留まるローズが小さくさえずる。シェリはそれを返事と捉え、歩き出した。

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