6
《眠れる森》と隣接する町に辿り着いたはいいものの、シェリは宿の食堂で時間を持て余していた。
大き目のローブで体を覆い隠し、フードを被って顔を見えないようにしている姿は、いかにも怪しい。さすがにシェリ自身もわかっているが、ローブを脱ぐ気はない。
目立たないように背を丸めながら、昼食に頼んだパンをちぎっていく。
ほろほろと崩れ落ちるパン屑をつまみ、おもむろに自分の肩を止まり木にくつろぐ小鳩のローズに与えた。
「《眠れる森》――昔々のそのまた昔、魔女の呪いを受けた茨姫が眠りについて、妖精の祝福と王子様の口付けで目覚めた場所、かぁ」
ローズは聞いているのかいないのか、小さく首を動かしながら毛繕いをしていた。呆れたようにそれを眺めながら、シェリは嘆息する。
「……そういえば、禁則地だった」
失われた不思議の力が残るといわれる地は、謂れにふさわしく禁じられた地であることをすっかり失念していた。
隣接している領地ならば、難なく踏み入ることができるのではないかと考えていたが、甘かったらしい。
これだからわたしはだめなんだ、と自分を詰った。
目と鼻の先にあるように感じる森の入り口は、目に映る限り囲いで覆われている。いや、覆われているのはこの町、ひいては町を軸にした領地すべてなのかもしれない。
「お嬢さん、観光客かい?」
「っえ。――ええ、そんなもの、かも」
浅めにかぶっていたローブのフードを直しながら、シェリはうつむきがちに答えた。
横目で盗み見た際、声をかけてきた男――恐らく食堂の店主だろう――は特に気にした風もなく、にこりと微笑んだ。人好きのする笑みだ。
食堂の店主というには大きな体躯、どこか似つかわしくない整えられた口髭。ともすれば恐れられる強面を隠しているつもりだろうか。ローブの隙間から盗み見ながら、そんな感想を心の中で溢す。
「やっぱり目当ては《眠れる森》かい? 残念だったな。昔はもっと自由だったんだが」
客の少ない時間だったからだろうか、それとも見かけない姿だったからだろうか。好意的な姿勢を崩さず、店主は続けた。
「へえ……、っ痛!」
空返事しかできないシェリの頬をローズが突く。
「ちょ、っちょ……なにっ?」
「はは! 躾がうまくいっていないようだが、大丈夫かい?」
鋭い一突きに頬を抑えてローズを睨みつけると、何がおかしいのか店主は笑い出した。太い指先でためらいがちにローズの頭頂を撫でる。ローズが拒まないと見ると、ゆっくり何度もその指を往復した。
「珍しい鳥だな」
「鳩、ですけど」
「曇った空みてえな羽に、花の色……みてえな目だ」
花の色とたとえられたのが嬉しかったのだろうか。珍しく高く鳴いた声に、思わず「ローズ」と呟いた。
店主がローズを撫でていた指を離した。
「日が落ちてから、また来な」
緩めた口許。
その笑みが何を意味しているのか、深くは考えなかった。ただ軽く手を振って、別の客の元へと歩み寄っていく姿をフードの隙間から見送りながら、ローズの乗る肩を小さく揺らす。
「ローズの目、花の色みたいだって」
からかうつもりだったが「当然だ」と言わんばかりに胸を張る姿に、思わず笑みがこぼれた。
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