第1話 都市の空気は自由にする
ケルバ
広大な森林の中に位置する村 "ケルバ"
この村での暮らしは穏やかで、
3年前の戦争でも村に戦火が届かなかった事から
ロペス王国で1番平和な村と自負する住人も少なくなかった
しかしそこの住人にも悩みのタネがある
それは毎晩のように起こる酒場での騒動であった
そして今日もまた酒場でいざこざが始まる
今回は何かというとアモワールに行くことになった
ファーレルを酒場の飲んだくれ共が嘲笑ったのだ
今日のいざこざはいつにも増して酷かった
いつもはジョッキが飛ぶ程度だが
今夜はそれに加えピッチャー、そして椅子までもが
喧嘩の武器として振り回されていた
ファーレルと彼の友人が1人
飲んだくれ共が3人だ。
そして野次馬たちが彼らを囲むように輪を作っている
「畜生!二度と戯言を吐けないようにしてやる!」
ファーレルはその内の1人に馬乗りになり、
顔面に拳を叩き込みながら叫んだ
すぐ後ろでは友人が別の飲んだくれを持ち上げテーブルに叩きつけ、追い打ちとばかりに
椅子を思いっきり振り下ろすと哀れな男はグッタリと動かなくなった
直後に友人は残っていた1人に後頭部を殴られ、
その殴った男の後頭部にファーレルがジョッキを投げつけ....
「クソが!平和な酒場を目指してたのに!やめてくれ!」
酒場の主人の嘆きも彼らには届かず
正に修羅場という言葉がピッタリの有様であった
だがこの喧嘩も1人の男の声によって即座に鎮まる
「いったい何事だ!」
立派な髭と鋭い眼光、
ハルバードとヘルメットを身に着けた男
彼こそがケルバの衛兵隊長"ロストク"である
酒場は一瞬で静まり返り、荒い息遣いだけが残る
床には割れたジョッキや椅子の破片が散らばっていた
これを見たロストクはすぐに状況を理解した
「毎日の様に大騒ぎをしおって....」
ロストクは半ば呆れたように言った
「今度は何かと思ったら乱闘か?!それにファーレル!
また貴様か!」
ファーレルは苦し紛れに答える
「待ってください!今回は奴らが先に仕掛けてきた!
まぁ確かに一昨日は俺が原因だったけど.....」
「そしてお前のくだらない言い訳にもウンザリだ!
この惨事を誰が始めていようと参加していた事は事実だろう?」
ファーレルはバツが悪そうに黙り込む
「はぁ...お前というやつは...とにかく来てもらうからな」
そしてロストクに連れてこられた部下は彼の目配せで
すぐさま飲んだくれ共とファーレル、友人を衛兵所へ連行した
「わからないか?ファーレル
争いは馬鹿のする事だ。戦争なんてその最たる例だろう?」
ファーレルは小さく肩を落とす
「すみません...調子乗って...」
ロストクは言う
「だがお前は大した奴だよ。街に出るという夢が叶ったじゃないか。あぁ..馬車はいつ来るって?」
「明日です」
彼は明日にアモワールへと発つ
商人の馬車に乗せてもらう事になっているからだ
「まぁ、街へ出て少しは学んでこい
喧嘩をせずに物事を解決する方法とかな。
お前ならやれるさ。頑張れよ
今日はもう遅いから帰って寝たほうがいい」
ファーレルはロストクの優しさが却って胸に刺さった
自分はなんと幼く、未熟なんだろうと思い知らされるような気持ちだった
酒場での夜は散々な結果に終わったが、
少なくとも喧嘩に関わった者が牢に放り込まれたりすることは無かった
これもロストクの配慮のおかげと言える
そしてケルバにまた新しい朝が訪れた
「起きなさい。パンを焼いたわよ」
目を開けると
そこにいたのは母親のベティだった
「まったく、今日はあなたの夢が叶う日なのよ。
それなのにこんな時間まで寝てるなんて。」
母親は寝ぼけている様子の息子にそう言い
鼻歌交じりに部屋を出ていった。
「昨日はやらかした...父さんになんと言われるか...」
ファーレルは勿論昨日のことを深く反省していた
ロストクに迷惑をかけたことも。
だがファーレルにとって1番恐ろしい存在は父親である。
ファーレルは朝日が差し込む寝室で頭を抱えた
あんな事をしでかして父親の耳に入っていないはずが無い
そして予想通り朝食の席には父親の"オルネ"が
険しい表情のまま、黙って口にスープを運んでいた
オルネはケルバ村随一の弓の名手であり狩人だ
いつも羽根つきの黒帽子を被り、"この世で最も偉大なものは何か"と彼に尋ねれば迷わず「弓だ」と答えるだろう
ファーレルはぎこちなくオルネの向かい側に座る
開口一番オルネは
「昨日は散々だったみたいだな?」
そう言い鷹のような据わった目でファーレルを見つめる
「まぁ...確かに....散々だった」
ファーレルは恐ろしくてたまらなかった
だがそれは純粋な恐怖というわけではない。
父オルネに向ける感情は畏怖と呼ぶほうが正しい
彼は父を尊敬していた。誰よりも父を知っている。だからこそ彼の怒りがどれほど恐ろしいかもよく理解していた。
「俺はこんな日に説教などしたくはない。
息子が旅立つ日だというのに。」
オルネが言う
「本当に...バカみたいなことをしたと思ってるよ....」
ファーレルが言う
「今日くらいは多目に見る。
お前もやっと独り立ちするんだ。
だがこれは覚えておけ」
予想に反して父は落ち着いていた。
そしてこう言う
「正しく生きろとは言わん。
だが後悔しない生き方を選ぶんだ。
いつか過去の自分を憎むような真似はするな。」
その言葉にファーレルは何も返せなかった。
朝食の席での出来事だ。
それから2時間後、馬の蹄の音が聞こえてきた。
商人の馬車だ。
「元気かい?ファーレル」
外で到着を待っていたファーレルにそう声をかけた人物
彼こそが雇い主の商人である。
「待ってましたよ商人さん。」
そうして二人は握手を交わした
「荷物を降ろしてきたから、君を乗せるスペースができたよ。」
商人は少し前にケルバを訪れていた
ファーレルと出会ったのもその時のことだ。
商人はアモワールから来たと言った
ファーレルはその機会を逃すまいと
雇ってくれと彼に懇願した。
最初は断られたが酒を何杯か奢ると
すぐに掌返して"親友だ" "勿論雇う"
となり、今日に至った。
「私の名前はキラシー・チャップマンだ。
前回は結局名前を言うのを忘れていた。」
キラシーは紳士的な男で
優れた商人だ
彼の腕前は1流
商品の量も桁違いで
運ぶ際には2台もの馬車を使う
そしてそれには四人の武装した護衛がついているほどだ。
「人手が増えて助かるよ。こんな時代だ。
働き手はみんな工場に行ってしまう。」
「そうなんですか?」
「まぁ、話は馬車を走らせながらでもできるさ。乗ってくれ。」
そしてファーレルが乗ろうとしたとき、
1つの声が呼び止めた。
振り返ると、そこにいたのは父オルネだった
「お前に渡したいものがある
しばらくは会えなくだろうしな」
少し寂しげにそう言うと、
オルネはファーレルにある物を渡した。
ロングボウだ。
「これは..父さんのじゃないか。」
「受け取れ。これは俺にとってはただの弓じゃない。しっかり世話をしてやってくれ。」
そのロングボウについて、
ファーレルはよく話を聞かされており
オルネはそれを産まれたての赤子のように
大切に扱っていた。
そしてファーレルは、
父からの餞別なのだと理解し、受け取った。
「まぁ、いつでも帰ってこれるさ」
オルネはそう言うと振り返らずに家の中へ戻っていった。
ファーレルは手荷物とロングボウを抱え、
馬車に乗り込んだ。
キラシーが合図を送り、
馬車はアモワールへと走り出した。
ケルバはいつもと変わらない風景だ
だが彼にとってはやけに遠く感じられた。
「....襲撃の準備はこれでいい」
「護衛の数は?」
「4人だ。間違いない。」
「それじゃあ、一斉に撃てば楽勝だ」
「あぁ、うまくいくさ....」
キラシー達はまだ何も知らない
「では行こう!アモワールへ!
都市の空気は自由にする!」
鉄と煙の王国 茹で落花生 @Gooberpeas
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