始動
「チーン」
乾いた音が、誰もいない空間に響いた。
「はーい。どうぞ、お入りください。」
相変わらず、気楽な感じの声だ。
「よしっ」
小さく呟き、短く息を吐く。
「少し遅いですが、明けましておめでとうございます。御門先生」
もう一月も終わりという時期に、新年の挨拶をする。
「ははっ。
明けましておめでとう。花村さん。今年から、どうぞよろしくね」
良かった。
適当に言われた話じゃなかった。
本当に御門先生は、私と一緒に働きたいと思ってくれていたんだ。
御門先生の笑顔が、胸の奥にあった懸念を、静かに解きほぐしてくれた。
「先生、どうぞよろしくお願いします。
あの、言われていたカウンセラーの資格、取れました。
それから、自分でも色々調べて、傾聴カウンセリング講座やメンタルケアカウンセラーも受講しました。資格も、ちゃんと取れています」
自分に少しでも自信をつけておきたかったのと、不安を少しでも取り除くために、できる限りの勉強をしてきた。
「心強いパートナーだ!
あの時、ジーニーと相談して君に声をかけたのは正解だった! ねっ、ジーニー」
御門先生はそう言って、何のためらいもなくPCに向かって話しかけた。
「はい。そうですね。
花村さん、私はジーニーと言います。どうか、よろしくお願いします」
画面に文字が表示されるのと、ほぼ同時に、
同じ内容の声が、部屋に響いた。
「それじゃあ……」
そう言って、御門先生が席を立った。
かつて勢いで開けてしまった、あのドアの前まで移動すると、手のひらを二回、上下に振る。
私をドアの前に立たせて、
「花村さん。今日から君が、カウンセリングを行う部屋だ」
扉を開けた――。
そこは、中学生の夢の部屋ではなかった。
白を基調とした明るい空間に、いくつもの観葉植物が置かれ、
部屋全体が、静かに息づいているように感じられる。
中央には、温かさを思わせるベージュ色の布に包まれた、座り心地の良さそうなソファ。
その向かいには、木製の椅子。
二つの間には、円形の白いテーブルが置かれていた。
御門先生は、木製の椅子の背に手を置いて言った。
「ここが、花村さんの座る椅子。
そこのキャビネットには、コーヒーメーカーと電子ケトルがある。
いくつかハーブティーも用意しておいたから、患者さんの気持ちをほぐすために使って。
あと、足りないものがあれば、何でも言ってね」
――ここが、私の働く場所?
これは……夢?
頬を、ぎゅっとつねってみる。
「いひゃい……」
「何してるの」
御門先生が、くすっと笑った。
「先生。私、ハーブティーの資格、取らないといけないですね……」
そう言うと、胸の奥から、優しくて温かな気持ちが広がっていった。
それは、この部屋に溶けていくみたいに、
まるで、一足早い春の日差しが差し込んできたようだった。
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