第4話 新たな闘いの幕開け
どうすればいいんだ、これから……警察? それとも救急車?
晴斗が混乱しながら次の行動を考えていると、店外から騒々しいサイレンの音が近づいてくるのが聞こえた。どうやら、騒ぎを聞きつけた近隣の誰かが既に通報してくれたようだ。
その時、再び視界に半透明の画面が浮かび上がった。
《新規タスク発生!
目標: 鉄パイプをスキャンせよ》
また、タスク……?
晴斗は指示されるがまま、床に落ちている錆びた鉄パイプにバーコードリーダーを向けた。
ピッ!
次の瞬間、視界に展開されたパネルは、これまでの商品や人物のものとは明らかに異質な情報を示していた。
《対象情報取得:錆びた鉄パイプ》
《組成分析:鉄(98.5%)、ニッケル(1.2%)... 非地球物質の痕跡あり (組成不明の微細粒子 0.3%)》
《推定製造地:不明》
《推定用途:武器、または特殊な容器の残骸》
「非地球物質……?」
晴斗は、今回の事件が単なる強盗ではないという予感に全身の血の気が引くのを感じた。鉄パイプの情報パネルが消えるのと、数人の制服警官がバックルームのドアから飛び込んでくるのが同時だった。
「動くな! 手を上げろ!」
数時間後、晴斗は警察の事情聴取と、駆けつけた店長からの話を聞き終え、心身ともに疲弊していた。二人組の身柄を拘束され、店内の後片付けは店長が引き継ぐことになった。
店長は、店内の損害と警察沙汰になったことに顔をしかめつつも、目の前で強盗に立ち向かった晴斗の無事を確かめると、深く安堵の息をついた。
「今日はもう上がってくれ。しばらくはゆっくり休むんだぞ。精神的に無理はするなよ」
店長にそう言われ、制服を脱いだ晴斗は、重い足取りで裏口から店を出た。夜はすでに更けている。
非地球物質って、一体どういう意味なんだ? 俺が持ってるこのバーコードリーダーは……
手に持つリーダーに視線を落とす。
結局、警察にも店長にも言わず、これを持って帰ってしまったし……
「これって、あとで警察にバレたら、重要証拠隠滅で捕まるんじゃ……」
極度の疲労と、秘密を抱え込んだ焦燥感に苛まれながら、晴斗は重い足取りで夜道を歩いていた。いつしか夜は明け、東の空が白み始めている。
トボトボと朝日が昇る道を歩いていたその時、彼の行く手を遮るように、一台の高級車が音もなく路肩に止まった。
高級車のドアが静かに開く。夜明け前の薄明かりの中、中から現れたのは、目を見張るほどの鮮やかなロングドレスに身を包んだ美女だった。
彼女の存在は、まだ明けきらない周囲の風景から浮き立っている。異様なほど静かに、そしてまっすぐに晴斗を見つめるその視線は、彼を射抜くようだった。
美女は、口元に微かな、しかし余裕のある笑みを浮かべたまま、冷たい声で彼に語りかけた。
「見つけたわ。『マスターキー』の持ち主さん」
晴斗は、握りしめたバーコードリーダーが、熱を帯びたように感じた。
「マ、マスターキー……?」
疑問の言葉が、反射的に口をついて出る。
訳のわからない力といい、強盗の鉄パイプから読み取った 『非地球物質の痕跡』といい、今日は常識ではあり得ないことばかり起こる。
美女は、晴斗の手元に視線を落とすことなく、まっすぐに彼の目を見つめたまま続けた。
「あなたのその力 、とっても便利でしょう? 情報をデータとして認識し、現実の属性を書き換える力……でも、その力の 『起動キー』 ――それは、ただのバーコードリーダーではないわ」
急に現れた、自分の最も深くに隠した秘密を、完璧に言い当ててくる存在。 晴斗は全身を硬直させた。
「あ、あなたは、誰ですか……?」
警戒と不信感に満ちた声が漏れる。美女は、その反応を見て、口元に浮かべた笑みを少しだけ深くした。
「あら、ごめんなさい。挨拶がまだだったわね」
彼女は優雅に一礼する仕草を見せた。
「私の名前はイザベラ。そして、あなたの持っている 『マスターキー』 は、今や世界を巻き込みつつある 『コード』 を巡る争いの、最も重要な鍵よ」
イザベラは再び顔を上げ、真剣な眼差しを晴斗に向けた。
「あなたのような『覚醒者』を、私たち『監視機構』が放っておくわけにはいかないの。私たちの目的は、永嶋 晴斗くん。あなたを組織にスカウトすることよ」
晴斗は混乱し、反射的に訊ねた。
「監視機構……あなたも、その……覚醒者、なんですか?」
イザベラは静かに首を傾げた。
「ええ、もちろん。でも、私の能力がどんなものかは、今はあなたの知るべきことではないわ」
彼女は意味ありげに微笑む。
「秘密は、駆け引きの鍵でしょう? まずは私の組織に来なさい。そこで、この世界の『真実のデータ』について、教えてあげる」
「……もし、行かなかったら、どうなるんですか」
晴斗は絞り出すような声で訊ねた。彼の質問を聞いたイザベラの笑顔が、一瞬で消える。
夜明けの光が、晴斗の疲弊した顔を淡く照らした。
「それは簡単なことよ、晴斗くん」
イザベラは、冷たい瞳で彼を見据えた。
「あなたは『マスターキー』を持っている。それは、他の『覚醒者』、そして『監視機構』以外の敵対組織にとって、喉から手が出るほど欲しい『道具』だということ。私たちのもとへ来なければ、あなたはすぐにその『道具』として、利用されるか、破壊されるかの運命を辿るわ」
彼女は優雅に車のドアに手をかけ、最終的な選択を促した。
「選択肢は二つ、という形にはなっているけれど、実質は一つよ。ここで『日常』に戻ろうとしても、あなた自身が引き起こした『非日常』があなたを放っておかない。この車に乗って『世界を書き換える側』につくのか、それとも、ただの『データ』として消えるのか」
「あなたが選びなさい」
イザベラは静かに晴斗の返事を待った。朝日に照らされた晴斗の表情は、覚悟か、恐怖か、あるいは純粋な好奇心か――判別できないほど複雑に揺れていた。
晴斗は、握りしめたバーコードリーダーを見つめる。彼は、このまま平凡な日常に戻るのか、それとも、未知の戦場へ足を踏み入れるのか。
――イザベラの言葉は、彼が選ぼうと選ぶまいと、既に運命が定まっていることを示していた。彼の選んだ一歩が、世界を巡る戦いの渦中へと、彼自身を突き動かすことになるだろう。
コンビニ店員、非日常のコードをスキャンする おむろん @matukawaruto
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