第3話 能力アップデート

「この、クソガキ……!」

 

 ​憎悪に満ちたその声は、苦痛で歪んでいる。男は片手で右膝を押さえながら、震える手で地面に落ちた鉄パイプを這いずるようにして拾い上げた。完全に無力化できたわけではなかったようだ。


 男の声を聞き付け、拳銃を手に持っていた二人目の強盗が建物の裏手から、慌てた足取りで正面入口を突っ切り、バックルームのドアの方へと駆けつけてくる音が響いた。 

 

​「おい! 大丈夫か!」


 ​絶望的な状況下、晴斗の視界に表示されていたクエスト画面が、突然まばゆい光を放った。


《報酬を獲得しました。一時的に能力を最大限までアップデートします》 

​《能力アップデート:【属性改変(データ書き換え)】機能の解放》 


 ​視界には、床に膝をつく男と、目の前のバックルームの床、そして周りの備品に対して、 《摩擦係数》《重量》《耐久度》 といったパラメータが表示され始めた。まるで、現実のすべてがゲームのステータス画面にでもなったかのようだ。 


 ​晴斗の左手に、レーザーを浴びた後に残った奇妙な痺れが、ズキンと強く痛んだ。その痛みがトリガーとなったかのように、バーコードリーダーを持つ手が、男の足元の床を無意識にスキャンしていた。

  

​ピッ!

 

​次の瞬間、視界のパネル上で、男の足元付近の床の 《摩擦係数》 の数値が、 [0.6 → 0.01] へと急激に書き換わるのが見えた。

 ​同時に、男は憎悪の表情のまま、立ち上がって鉄パイプを振り上げようとした ――その瞬間、足元が完全に氷上を歩くように滑った!

 

​「うわぁっ!?」

 

​体勢を崩した男は、右膝の激痛に加え、摩擦を失った床の上でどうにもならず、重い体躯を派手に仰向けに倒し、振り上げかけた鉄パイプは天井を虚しくかすめて遠くへ飛んでいった。

 

​いける……!


 ​晴斗は、能力が現実とシンクロしていることを確信し、間もなくドアに到達する二人目の強盗に目を向けた。彼の視線は、ドアのすぐ横に積まれた、中身の入っていない空の段ボール箱に集中した。


「おい! しっかりしろ!」


 二人目の強盗が、バックルームのドア枠に飛び込んできた。覆面の下から焦りと怒りが滲み出ている。彼の手には、黒光りする拳銃が握られていた。


 ​晴斗は一瞬の迷いもなく、バーコードリーダーをその男に向け、トリガーを引いた。


 ​ピッ!

 次の瞬間、視界に男の情報パネルが展開する。

 

​《対象情報取得:男》

​《氏名:山口 健太》

《年齢:31歳》

《身体情報:身長175cm、体重74kg》

《心理状態:【動揺(80%)】【攻撃性の硬直(24%)】》

《装備品:覆面、モデルガン

(内部構造から判断: 軽量プラスチック製 )》 


 ​拳銃は偽物! 軽量プラスチック製!


 ​晴斗は、瞬時に最重要情報だけを脳に焼き付けた。

 ​男は倒れている仲間と、目の前の晴斗を見比べ、戸惑っている。

 

​「てめぇ、何しやがった!」


 ​晴斗の視線は、男の背後の扉ではなく、すぐ横に積まれた中身の入っていない空の段ボール箱に集中した。彼は、この一瞬で行動を起こさなければならないと悟る。

 ​集中を切らさないよう、心の中でその箱の形を焼き付けながら、バーコードリーダーを箱に向けて構える。

 ピッ!


 ​パネルが切り替わり、箱のパラメータが表示される。


 《重量:[0.2kg → 60kg]》


 ​晴斗は、躊躇うことなく数値を書き換え、急激に重くなった段ボール箱を、「押し倒す」というよりも「体当たりで押し込む」ようにして 、男めがけて突っ込んだ。


 ​ドォンッ!


 ​急激に重さが変化した段ボールは、まるで巨大な岩石が転がり込んできたかのような衝撃で男に衝突した。男は突然の質量増加に対応できず、その衝撃でドア枠に押し付けられ、苦悶の声を上げながら、持っていた拳銃を床に落とした。

 よし!


 ​二人の強盗を無力化した晴斗は、胸を荒々しく上下させながら、バーコードリーダーを握りしめた。極度の集中と二度の属性改変により、頭が割れそうに痛む。

 ​そして、視界のパネルが再び更新された。

​《緊急クエスト完了!》

​《能力アップデート:【属性改変(データ書き換え)】機能は終了しました。》


 ​晴斗の視界に表示されていた物体のパラメータや、属性を書き換える機能は消え、元の「情報読み取り」 機能だけが残った。チート的な力が消えた途端、急激な疲労と全身の震えが晴斗を襲った。

 

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